2017-02-19(Sun)

宇都宮の遊郭跡・赤線跡・花街跡を歩く。

宇都宮の遊郭跡と赤線跡と花街跡を訪れてみた。


まずは遊郭。宇都宮の遊郭は旧宇都宮城内の南端、河原町にあった。

宇都宮遊郭
『宇都宮商業地図(明治の宇都宮, 3)』より

1894(明治27年)、これまで伝馬町(大通りとユニオン通りの間あたり)、池上町(オリオン通り裏のソープ街あたり)、材木町(伝馬町の西)にあった12軒の妓楼が移され、遊郭が形成された。亀の字のような区画の形だったので「亀廓」と呼ばれた。

宇都宮遊郭
その入口の大門には

「春入翠帷花有色」(右側:はるはすいにいってははなにいろあり)
「風來繍閣玉生香」(左側:かぜはしゅうかくにきたってたまこうをしょうず)

と記されていた。ちなみにこの漢詩は同じ栃木県烏山町の旭遊郭の大門にも記されている。

妓楼は大籬(おおまがき)と小楼(こみせ)のふたつに区別され、大籬は元池上町にあったもの、小楼は元材木町にあったものだった。

宇都宮遊郭
大籬のひとつ、小松楼は木造三層から成り、三層は時計台のある展望台だった。この時計台はひときわ目立つ建物だったようで、

宇都宮遊郭
木版画家・川上澄生の「宇都宮新地風景」にその姿が確認できる。

宇都宮遊郭
また、石版画家・織田一磨の「たそがれ」にも描かれている。

このような風情と趣きのある遊郭、ぜひタイムスリップしてでも訪れたいものであるが、「たそがれ」とほぼ同じ場所と思われる現在の風景は…

宇都宮遊郭
こんな感じである。風情のかけらもない。ただの住宅地と空き地である。当時の面影はほとんどない。しかし住宅地にしては幅が広い道路は当時のままであり、↑の画像から回れ右するととんでもない建物が残っていたりする。

宇都宮遊郭
それがこれ。どピンクのカフェー調な建物。

宇都宮遊郭
崩れ落ちそうな庇。いったい何物なのだろうか。先程の地図にある「福泉楼」(「宇都宮繁昌記」には「福和泉」と表記)の位置に当たる。しかもこの建物、とても大きくて

宇都宮遊郭
南北方向(画像左側)には長屋のように長く伸びていて、

宇都宮遊郭
南端には「幸」のシンボルマークが付いた2階部分に取って付けたような増築部があり、とても奇妙である。

宇都宮遊郭
そして東西方面にこうなって、

宇都宮遊郭
宇都宮遊郭
更にはこうなって、大谷石の蔵までひと繋がりになっている。ずっと後の時代の住宅地図によると、この建物の長屋っぽいところは「幸楽貸室」、蔵部分は「幸楽質店」となっており、遊郭廃止後はアパートや質屋として使用されていたようだ。

宇都宮遊郭
間を進んでゆくと…

宇都宮遊郭
福助人形がいてかなりびびった。驚いた。

宇都宮遊郭
敷地の端に祀られているお稲荷様の祠。狛狐の台座に「福和泉」とはっきり刻まれていた。


宇都宮の色街はこのエリアの他にもうひとつあった。亀廓とは宇都宮城址を挟んでほぼ反対側あたり、通称「中河原」と呼ばれていた現在の宇都宮市中央5丁目付近に色街の名残りを見る事が出来る。

戦後間もない頃は亀廓と中河原のふたつが宇都宮の「赤線」と呼ばれていたようである。『全国花街めぐり』には

『剣の宮町から旭町の方へ抜ける日野の裏通りの一画、俗に「剣の宮町」と云つて居るが所謂宇都宮の玉の井で、白壁ほどに塗立てた女が狭い路次の軒並に巣づくつてゐて、日が暮れてからはとても徒歩では通れぬやうなところである。』

とあり、なかなか凄まじい様子であったらしい。現在は

宇都宮遊郭
このような飲み屋長屋が残る街角に、

宇都宮遊郭
宇都宮遊郭
宇都宮遊郭
宇都宮遊郭
なんとなく川崎のちょんの間を思い出させる建物と雰囲気。今でも夜になればひっそりと明かりが灯り、「白壁ほどに塗立てた」老女が営業していそう。

宇都宮遊郭
中央5丁目から少し南、いちょう通りを渡った中央3丁目にもこのようなレトロな建物が。更に南に行って本丸3丁目には

宇都宮遊郭
「赤線跡を歩く」(木村聡著)にも乗っている木造の建物。

宇都宮遊郭
こちらは北面側。入口がふたつある妖しい建物であるが、現在は普通の住宅として使用されているようである。

「中河原」とは遊郭のようにカチッと区画されたエリアではなく、宇都宮城址の北東エリアから釜川あたりの広い範囲に妖しいお店が点在していた区域を指していたのかもしれない。


中河原からだいたい西の方向に歩いて行くと、宇都宮で一番の繁華街、オリオン通りに辿り着く。その1本隣の通りに現役の風俗街、池上町がある。

宇都宮遊郭
メインストリート。

宇都宮遊郭
味のある横丁を発見。

宇都宮遊郭
奥に行くと二手に分かれており、なんだかとんでもない路地裏に迷い込んだ。

宇都宮遊郭
もう一方のどん詰まりにはやはりソープランド。

横丁の名前にある「江野町」とは、そういえば『全国女性街ガイド』には

『花街は馬場大通りの東武宇都宮駅附近にある江之町、宮園町界隈』

とあって、芸妓が150人、料亭も102軒もあり北関東随一の花街だったが、面影は全くなくなってしまっている。


ではもうひとつの宮園町はというと、現在の宮園町は西半分が東武宇都宮駅と東武百貨店で、東半分が飲み屋街になっている。しかし空き地が目立ち、古ぼけた飲み屋と怪しいお店がポツリポツリと点在している、寂れた印象である。

宇都宮遊郭
怪しいお店。噂によるとエロい店らしい。

宇都宮遊郭
このボロボロの建物はすごい。表がこうで、

宇都宮遊郭
裏がこうである。

宇都宮遊郭
100年以上の歴史を持ち、大谷石建築の聖堂が国の登録有形文化財に登録されている「カトリック松が峰教会」から徒歩10歩ぐらいの距離にソープランドがあることに驚く。

聖と俗がこんなに近過ぎていいのだろうか。僕も祈らずにはおられない。

○ーメン(すいません)。

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2017-02-06(Mon)

酔想学部。

うちにはタブレットがひとつある。

光回線を引いたらオマケでもらった、やっすいやつである。家の中のWIFIに繋いでやって子供達にあげたところ、絶賛気に入ってしまったようで、しょっちゅうネット閲覧などに使うようになった。

それから2年弱ぐらい経っただろうか。充電がうまく出来なくなってしまった、と子供達から言われた。充電ケーブルを取り替えてもダメなので本体側に問題があるようだ。しかし修理するとなると、結構なお値段がかかる。新品を買ったほうがマシな修理料金。

生活必需品なら買い直さなければならないが、僕としてはタブレットは別になくても良い。

「どうしても必要だと言うのなら君達のお小遣いで買いなさい。どうせお年玉いっぱいもらったろ」

と子供達に言ったところ、娘・R(中一)も息子・タク(小5)も絶対に必要だからお金を出してでも買いたいと主張する。

「じゃあどんなものがいいか見に行こうよ」

とお店に行こうとしたらRはわりと興味津々で付いてきたがタクは

「なんでもいいよ。買って来て」

僕らに丸投げしてきた。そんなわけでRと出かけることになった。Rはさらに

「あのね、こないだ先輩たちにお土産もらったからお返しも買いたいの」

なんてことも言ってきた。Rは吹奏楽部に入っているのだ。どんなお返しがいいか迷っているので、それもついでに見ることにした。タクは丸投げだし嫁は仕事なので僕とRふたりで行くことに。

このところ僕に対してツンデレのRなので、久しぶりにふたりのお出かけで僕は内心ウッキウキである。

向かったのは新宿のビックカメラ。

「えーと、タブレットはどこかなー」

広い売り場を探していると、DOCOMOの売り場がどーんと目に入った。そこにはiPhoneやiPadのデモ機がたくさんあった。Rは目をキラーンと輝かせて

「パパ!Rはこれいじってるからタブレット探してきて」

この場に及んでRも僕に丸投げしてきた。

「言っとくがiPadは買えないぞ。めっちゃ高いぞ」

「知ってるよ」

Rは本当は自分のスマホが欲しいんである。しかし僕も嫁もまだまだ認めない。

さて、WIFI用の安いタブレットコーナーはそこから10歩ほどのところにあって、何種類かあったが、よさげなのを選んでRを連れ戻して見せてみると

「うん、これがいい」

迷うことなく即決。タブレット買いは済んだ。これでミッションそのいちはクリアーしたが、それからが大変であった。Rの先輩達へのお返しである。文房具でだいたい500円程度のものを考えているようで、まずPLAZAに行ってみたら文房具がほとんどなく、ルミネエスト6Fの文房具店、「Tools」へ。

「どんなのがいいのー?」

と聞いてみると

「音符がデザインされてるやつ」

さすが吹奏楽部、音楽縛りがあるようだ。しかし探してみてもなかなか見つからず、

「お、トランペットとかホルンとかチューバのシールセットがあるぞ!」

これだって吹奏楽部っぽいじゃんと思ってRに見せたら

「先輩は金管じゃないんだよ!」

つれない言葉。ちなみにRも金管じゃなくて木管である。ちなみに僕は水カンが好き。なんちて。

それからよく探してみると音符のシールもあったので、

「じゃ、これは買う~」

Rのお気に召したようでこれはゲット。ただこれだけだとしょぼすぎるのでもう1品ぐらい欲しいと言う。しかしこの店内にはもうRが望むものはない。Rがうーんうーん唸っているので、

「じゃあ違う店に行くかね」

ひとつ下の階に行き、ちょっと趣向を変えて「ヴィレッジ・ヴァンガード」はどうだ、と店内をうろついてみた。

「きゃはは、なにこれ」

いろんな変な商品にRは面白がっていたが、

「パパー、やっぱりここにもないー」

結局、面白がっただけで、ふさわしいプレゼントは見つけられなかった。

「もうこうなったら東急ハンズに行こう!」

ここから歩くと結構距離がある(といっても徒歩10分程度だがいい加減疲れていたのでかったるかった)ので一瞬迷ったが、もうそこしかRのお眼鏡にかなうようなものがありそうな場所は知らない。なのでレッツラゴー。

「まだ着かないのー」

「あの甲州街道の向こうだよ」

重い足取りでようやくたどり着くと、文房具だけでなく色々な楽しそうな小物が売っているフロアがあり、ここでようやくRは気に入った贈り物を見つけることが出来たのだった。

ちなみにそれはちょっとかわいい感じの十字架の形をした消しゴムであった。音符のものではなかったが、さすがにこれ以上音符縛りの条件で探す気力は失せた。

音符のシールに十字架の消しゴムか…。音符といえば楽譜。そして十字架といえばキリシタン。キリシタンといえば踏み絵。

楽譜とかけまして、踏み絵と解きます。

その心はどちらも「譜面(踏めん)」。

なんちて。

なことを考えながら(口に出すと娘にドン引きされるので)ようやく帰ったのでありましたとさ。

疲れたけどパパは楽しかったので、先輩達へのお返しグッズの購入代金は何故か僕がお金払ってしまったけど、気付かないフリをしてやる。

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2017-01-30(Mon)

シーモネーター2

「日曜日はサンデー、月曜日と火曜日はなんだっけ」

と、娘・R(中一)と息子・タク(小5)がカヤカヤとにぎやかに騒いでいた。タクはともかく中一のRが分からないのって結構やばいのではないか、と危惧した僕は、

「月曜はマンデー、火曜日はチューズデーだよ」

と教え、更に

「サンデー、マンデー、チューズデー、さわってー、もんでー、チューしてーって覚えるんだぞ」

必殺の覚え方を伝授したところ、タクからはダンゴムシを見るような目でガンを飛ばされ、

「タクは下ネタ嫌いなんだよ」

嫁からは駄目出しされ、

「それ、うちのクラスの男子と一緒!」

Rからは中一男子レベルの烙印を押され、すなわち家族全員からドン引きされてしまった。

おかしい、受験勉強において下ネタ語呂合わせはよくある話。

例えば日本史においては

「1931(一番臭い)年、満州(まん臭)事変」

とか、世界史においては

「インノ、インノで絶頂3回(教皇権の絶頂期、インノケンティウス3世)」

とか、化学の元素周期表の覚え方

「ベッド(Be)に 潜(Mg)れば 彼女(Ca)の スリ(Sr)ップ バ(Ba)ラ(Ra)色」

など、オッサンになった今でもすぐ出てくる。覚えやすく忘れづらい、強力な手法なのだ。それなのにひどい言われよう。…ただ、ちょっと早かったかな。

しかしタクが下ネタ嫌いと言うのはおそらく真実ではない。タクは嫁やRの前ではそういうフリをしているだけなのだ。その証拠に僕に対しては時々意味もなくチン○を

「ほれー!」とか言って見せびらかして来たり、

「一歩歩いておならプー」

とか訳の分からない放屁をしてくる。嫌いなはずはないのだ。

話は飛んで、先日、お笑い芸人のパーマ大佐が「森のくまさん」の替え歌を無断で販売したとして、訳詩者の馬場祥弘氏が差し止めを要求した、というニュースがあった。それを聞いて

「でもさー、僕らも『あるー貧血、森のな浣腸』って歌ってたよね」

とタクに言うと

「あるー貧血!
 森のな浣腸!
 熊さんにんにく!
 であーったんこぶ!
 花さーくもーりーのーみーちんちんぶらぶらソーセージ!
 熊さーんにーでーあーっタモリのおけつはレインボー!」

頼んでもいないのに勢いよく歌ってくれた。ちんちんぶらぶら…のところ、なんでそこ、すごい歌詞が詰まってるんだ。こんな歌を大喜びで歌うとは、やっぱ下ネタ嫌いなんかじゃないじゃないかー!

そしてタモリのおけつはレインボー…何故このようなフレーズが生まれたのか。謎である。もしかして、検索すれば何か分かるかもしれない…と思って「タモリのおけつはレインボー」でぐぐってみたところ、一番上に出て来たのは「エキスパートモード」というブログで…ってこのブログじゃねえか!GOOGLE意外と使えねー!

何気ない僕のネタ振りが息子の下ネタソングを呼び出してしまった。

これを下ネタ子を起こすといいます。なんちて。

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2017-01-24(Tue)

オノボリー。

12月30日に栃木の実家に帰っていた僕と息子・タク(11才)。

翌日、大晦日に嫁と娘・R(13才)もやって来た。

栃木に帰って来ると必ず食べに行く佐野ラーメンの店がある。美味しくてみんな大好きなのだ。毎年、大晦日は必ずその店のラーメンを食べて年越し蕎麦がわりにするので、今年もレッツラゴーしたところなんと休み。

「じゃあ暖簾分けの店に行こう」

ここで修行した人が独立して開いた店があり、ほぼ同じラーメンを食べられるという。そんな情報を母は持っていたので改めてレッツラゴー。車で15分ほどかかるがノープロブレムな僕らは立派なラーメンオタクである。

さて、着いてみるとそのお店は修行先のお店同様、順番待ちの人で溢れていた。しばらく暇を持て余していると

「あの人達もあっちが休みだからこっちに来たんだって」

母が僕らのちょい後ぐらいにやって来た人達を指して言った。暇だったからちょこちょこその辺の人と話していたらしい。母はおばさん特有のノリでわりと誰にでも話しかける。

にった屋
30分ほど待たされて食べたラーメンは、噂通りもともと食べたかった店の味そっくりで文句なしに美味しく、皆満足した。

そんなわけでラーメン欲を満たした後は、コタツに入り紅白歌合戦を見ながらおごそかに年が明けるのを待つ。紅組が勝ってえーまじでーとか言っていたら程なくして

「あけましておめでとうございます!」

「おやすみ!」

年が明けたので、ほぼ同時に速攻で寝た。初日の出を見に行くためである。

朝5:30に起きた僕らは、車で10分ほどのとある山の中腹へ向かった。僕らはここで毎年初日の出を見ている。付近の「山を守る会」みたいな団体の人たちが豚汁やコーヒーをふるまってくれていて、また、

「ここでも初日の出は見れますが、ここから10分ほど歩いた○○平ではもっと視界がよく、富士山や東京スカイツリーも見れます。私たちスタッフがご案内しますのでぜひ皆さんも○○平まで登ってみてください!」

としきりにアナウンスをし、おすすめするんである。

「どうする?」

と嫁に聞くと

「これだけおすすめされちゃったらなー」

というわけで案内するスタッフの人に連れられてゾロゾロと向かった僕らを含む日の出待機一同。10分ほど山道を登って行くと、確かに最初にいたところよりもかなり高い位置に来た。初山登りである。初登りさせられるとは思わなかった。東京から来たのにおのぼりさんとはこれいかに。僕はもともと栃木人だけど。

かかしの里
そして最初にいたところでは山に隠されて見えなかった西の空から富士山も見えた。

より高いところ、より山が邪魔しないところなのは確かだったが、重要な罠があった。

かかしの里
なんと、木が超邪魔して結局は視界が悪いんである。なんでこんなとこ勧めるんだよ!

最初のところは木なんかない広場だったのに…。僕らを含め、登ってきた人達は邪魔な木を避けようとするとどうしても限られたスペースにぎゅうぎゅうづめになってしまう。おのれ、来年は騙されないぞ。

かかしの里
Rもクリスマスプレゼントでもらったばかりのデジカメを構えて撮る気満々である。

かかしの里
「うおー!出てきたー!」

6:50ごろ、初日の出。毎年筑波山の右から出てくるんである。おのれ、やっぱり木が邪魔だ。

「そういえばスカイツリーはどこ?」

と嫁や子供達が聞くのだけれども、

かかしの里
「たぶんこれじゃね(矢印のあたり)」

肉眼で見るのはほとんど無理で、望遠レンズを付けたカメラで覗いてみると、ツマヨウジみたいな細い棒がようやくぼんやりと見えたのであった。

はいはい初日の出初日の出お疲れお疲れ、んじゃ帰んべ、と、多少しらけたところで山を降りた。

かかしの里
降りる途中で見えた朝もやがキレイであった。

車が止めてあるところに戻ると、

「パパ、霜柱がすごいよ!ばりっばりだよ!」

タクが初日の出を見た時より嬉しそうにはしゃいで地面をバリバリと踏みつけていた。ここは普通に土の地面なので霜柱が盛り上がりまくりなのだ。温暖で都会な東京っ子には珍しいのだろう。

僕にとっては珍しくもなんともないのだが、さっきのご来光スポットに多少むかついていたので僕もバリバリ踏みつけてみると、嫁やRも無言でバリバリやっているのであった。

霜柱。

バカわしら。

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2017-01-24(Tue)

千葉県松戸市「平潟遊郭」跡地を歩く。

千葉県松戸は、陸路では水戸街道の松戸宿として、また、水路では江戸川水運の要所でもあることから栄えた。

平潟遊郭
松戸宿から北西方向に10分ほど歩いたところにある平潟遊郭は(↑の地図左上、黄色く塗ったところが遊郭のメインストリート)、その旅人や水運関係者達のお世話をする飯盛女(夜のエロいお相手もした)を旅籠屋に置いたことがルーツであるようだ。

松戸駅西口から流山街道を北上し、「かざね薬局」と「銚子商工信用組合」の間の道に左折。やがて坂川にかかる水堰橋を渡ると十字路の向こう側、谷口ビルの角に道標が残っていた。
平潟遊郭
「右 流山 野田 道
 左 平潟遊廓  道 
 根本川岸組合   」

とある。その通り左に進んで行くと、1868年開業という「松戸シティホテルSENDAN-YA」(旧「せんだんや」)前に出る。

平潟遊郭
その裏あたりに平潟遊郭の東の大門があった。

平潟遊郭
遊郭のメインストリートがこちら。江戸時代から続き、関東大震災後に全盛期を迎えたという平潟遊郭も1958年の売春防止法の施行により全ての妓楼が廃業。その後建物は学生寮などに利用されたが1994年に最後の建物が撤去されてしまったらしい。

平潟遊郭

平潟遊郭
現在はほぼ住宅、マンション、空き地になっており、古い街灯と遊郭が存在した時代からあったという柳がわずかに当時の面影を残す。

平潟遊郭

平潟遊郭
遊郭に隣接する平潟神社。天水桶は遊郭内にあった「九十九楼」の寄贈によるもの。

平潟遊郭
平潟神社とほぼ向かい合っている来迎寺。ここにも「九十九楼」と刻まれた墓石があった。あまり読めないが正面には「……信女」、側面には「大正十四年 九十九楼娼妓一同 …一同」と刻まれている。

平潟遊郭
大正時代の平潟遊郭。右側の建物がその九十九楼だという。

平潟遊郭

平潟遊郭
やはり大正時代だと思われる平潟遊郭の西側の大門の写真と、現在の様子。左側は日大の学生寮になっている。

平潟遊郭
「メロリンキュー」。こんな落書きや、もう何年放置されているか分からない幼稚園の送迎バスや、草ボーボーで朽ち果てたテニスコートなどが醸し出す寂れた感じが、かつて煌びやかに栄えていたこの街の歴史と対照的で物悲しかった。

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