2020-07-28(Tue)

栃木県さくら市『氏家町遊郭』跡地を歩く

栃木県の真ん中少し北ぐらいにある「さくら市」は旧氏家町と旧喜連川町が合併して出来た。

そのうち氏家は江戸時代奥州街道の宿場町として栄えた。栄えている宿場町にはだいだい「飯盛女」と呼ばれる女郎さん(娼妓)達がおり、「飯盛旅籠」と呼ばれる旅館(女郎屋)で彼女達の(性的な)サービスを受けられた。

それらは明治時代になっても引き続き存在したが、今でいえば風俗店にあたるものが街中に堂々とあるのは風紀上よろしくない、ということで街中から離れた新しい土地(新地)を整備しそこに集められることになる。これが遊郭である。

氏家の遊郭は1908(明治41)年、奥州街道から少し離れた場所に開業した。移転した貸座敷は4軒。遊郭の地名は「櫻野」といい、「さくら市」の名前の由来の一つである。

氏家町遊郭
場所はこのあたりである。氏家駅東口から駅前通りを進み、突き当り旧奥州街道を南へ行き、仲町の信号を東へ曲がり、五行川を渡ったところにある。

北西:齋藤楼。北東:松石楼。
南西:丁字楼。南東:松野楼。

昭和になると「福佐楼」という貸座敷の名前も見られ、増えたのかもしくはどれかと入れ替わったのか。「福佐楼」という名は同じ栃木県内でほど近い烏山旭遊郭にもあり、もしかしたら関係のある店かもしれない。

氏家町遊郭
1918(大正7)年「氏家・喜連川町営業案内附明細地図」にははっきりと十字路を中心とした四角いエリアの遊郭が記されている。

1930(昭和5)年「全国遊廓案内」には

『遊廓は町続きの田んぼに突出した所にあって、川を渡った向こう側になっているので、ちょっと閑静な所である』

と書かれていて、地図のとおりである。

遊郭があった当時の「下野新聞」には読者投稿による各楼の評判がいくつか載っており、1909(明治42)年には

『松石楼及齋藤楼は客に対する宛然(さながら)ゆすり的なり』

と記されており、かなり強引な客引きとかボッタクリをしていたのだろうか。

また、1913(大正2)年には

『誠実勉強が丁子屋(丁字楼)、玉揃へで悪辣が松石(楼)、勘定が高くて薄情が松の屋(松野楼)鬼虫面ばかりで可もなく不可もないのが斎藤楼』

とある。

褒められているのは丁字楼だけであり、松石楼は女郎さん達が悪辣、松野楼は高いし薄情、斎藤楼に至っては「鬼虫面」(オニムシとはこの辺の方言でカブトムシやクワガタのこと)というすごい言葉でディスっている。

1911(明治44)年には下野新聞8千号のお祝いとして「氏家遊廓一同」の広告が掲載されており、そこには娼妓ひとりひとりの名前も併せて記されていた。それによると各楼の娼妓数は松石楼8名(ほか抱藝妓:芸者さん1名)、丁字楼9名(抱藝妓2名)、斎藤楼6名、松野楼5名で4軒で娼妓合計28名ということになる。

「全国遊廓案内」では4軒15名程と記されており、昭和に入るに従って衰えて行ったようだ。遊郭がいつまであったかは分からないが、1931(昭和16)年の下野新聞に人の金をだまし取って氏家遊郭で遊んだ男が捕まった…という記事が載っていたことは確認している。が、おそらく戦後までは続いていないのではないだろうか。

氏家町遊郭
現在の遊郭跡地。遊郭の中心の十字路を北側から撮ったもの。普通の住宅が建っていたり駐車場になっていたり遊郭の面影は全くない。なさすぎて「写真撮らなくてもいいか」と思ったくらい。

氏家町遊郭
「松石楼」があった場所であろう駐車場に佇む哀愁漂う車。矢沢栄吉のCDとか入ってそう。

氏家町遊郭
「斎藤楼」跡地のすぐ近くに斉藤さんの家があった。もしかして関連があるのだろうか。

遊郭を後にして氏家の街並みを見ることにする。

氏家町遊郭
モダンな建物。斉藤歯科。あっここも斉藤さんだぞ。

氏家町遊郭
かくまる商店。もと酒屋さんだろうか。

氏家町遊郭
亀田屋菓子店。

氏家町遊郭
お米の宝高屋(ほうたかや)。さすが宿場町、街道沿いには歴史の重みを感じる立派な商家が残っている。

氏家町遊郭
中でもひときわ素敵な建物がこちら。

氏家町遊郭
小倉屋洋品店。明治時代の地図にも「小倉屋」と屋号が記載されており、古くから続くお店だと分かる。現在は「まちかど館」として市の観光関連の建物となっている。

氏家町遊郭

氏家町遊郭
僕はスナックが集まるスナック長屋やスナックビルも好きである。こちらは街道沿いにある「サンパティオII」なるスナックビル。建物の左側にお店が連なっているので入ってみると、

氏家町遊郭
おお、普通の長屋形式ではなく斜めな角度がついていてよい。更に進むと…

氏家町遊郭
えっ。奥に別のスナックビルが?

氏家町遊郭
おおー。こちらは円形エントランスなスナック長屋。

氏家町遊郭
そして「銀の目」の横を抜けると…

氏家町遊郭
反対側の通りに出た。こちらは「サンパティオI」であり、兄弟スナックビルなのである!IとIIは通り抜けできるのであった!この洞窟を探検するようなワクワクさよ。氏家スゲー!(ひとりで盛り上がってる感)

氏家町遊郭
サンパティオIの通りを少し南に行くと、こちらにもスナック看板がチラホラ顔を覗かせるいい感じの通りが。

この通りの名前がズバリ「花街通り」なのである。さぞかしこのあたりで芸者さん達が活躍したことだろう。

氏家町遊郭

氏家町遊郭
花街通りの脇にもスナックが。あまり大きな街ではないのにこれほどのスナックが並んでいるこの界隈、花街の名残りと言えよう。

氏家町遊郭
この地図のようにかつては花街っぽいお店「割烹土屋」「割烹よし江」等があったが、現在は例によって普通の住宅や駐車場になっている。

氏家町遊郭
「割烹土屋」跡の駐車場にぽつんと残るお稲荷さんと向かいの八百屋さんの店先。

氏家町遊郭
話は思いっきり変わる。栃木県には「109」はないが(宇都宮にあったが閉店)「108」(東野:とうや)がある。ていうかあった。東野こと東野交通は栃木県内にてバス・タクシー・那須ロープウェイ、昔は鉄道事業も行なっていた会社だが、現在は関東自動車に吸収されている。しかし、会社は消滅したがまだロゴは東野ゆかりの地に残っているというわけである。

氏家町遊郭
氏家駅前の喫茶フェニックスと氏家タクシー。どちらもレトロかつ現役営業中なのが凄く頼もしい。また、喜連川温泉への誘いがこの駅前が単なる駅前ではなく楽しい観光地への入口なんだぞ、という感じで旅のワクワク感もあっていい。男前な駅前だ。

氏家の街を後にし駅で電車を待つ。地元のさくら清修高だろうか、学生が多かった。僕も高校時代のことを思い出した。高校時代の友人K君が言ったことを。

「おれさー、苗字で一番かっこいいのは『氏家』だと思うんだよね!」

氏家も喜連川もかっこいいよなあ…。K君、元気だろうか。

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