2017-05-03(Wed)

長野県佐久市岩村田遊郭跡を歩く。


現在は長野県佐久市に属する岩村田は中山道の宿場町だった。そのはずれにかつて遊郭が存在した。

遊郭が出来たきっかけは、岩村田から10キロほど離れた追分宿の衰退にある。江戸時代末期の政情不安や参勤交代がきちんと行われなくなったことにより交通量が減少、更に明治になり鉄道が開通したことから宿場の機能もなくなってしまった。

そこで追分宿の人達は、追分を離れ小諸に遊郭を造ろうとしたが許可されず、1889(明治22)年、当時佐久の行政や商業の中心地だった岩村田に開設した。

岩村田遊郭
(『図説 佐久の歴史<下巻>』より)

岩村田遊郭
(『軽井沢三宿の生んだ追分節考』より)

遊郭の中心には池があり、それを取り囲むように遊歩道や妓楼が配置され、周囲は黒板塀で取り囲まれていたという。

妓楼は追分からの「小川楼」・「永楽屋」・「嘉女屋(亀屋)」・「新嘉女屋(新亀屋)」・「吉野楼」・「大丸屋」・「中喜屋(中木屋)」・「八橋屋」8軒に、岩村田宿から「高地楼」・「大黒屋」・「宝玉楼」の3軒が加わり、計11軒であった。

岩村田遊郭
(『佐久・小諸の昭和史 保存版』より)

その中でも嘉女屋は三階造りの客間の上に四階を太鼓櫓風の小部屋とし、さらにその上にコウモリ形の屋根を付け、ひときわ目立っていた。

すぐそばの鼻顔稲荷神社の参拝客も含め非常に賑わったが、大正昭和の不況や戦争の拡大により客足は衰え、1940(昭和15)年には嘉女屋も取り壊されて韮崎に運ばれて行ったという。

現在、遊郭のあった場所は団地になってしまい何の面影も残っていないが、大門の門柱が現存しているという。それを見るために岩村田を訪れてみた。

岩村田遊郭
まずは岩村田駅前。案内板にも「遊廓大門の跡」と記されており、史跡・名所扱いされている。ちなみに岩村田は「いわむらだ」と読むが、電車内のアナウンスでは

「次は、いわむらーだ、いわむらーだ」

と伸ばして読まれていて、なんかの語感に似ている…と思ったら「たまプラーザ」だった。

岩村田駅から東に歩き、岩村田交差点を南に曲がると岩村田で最も栄えた商店街。岩村田本町交差点で再び東に曲がり下仁田道を10分ほど歩いているとやがて見えて来る。

岩村田遊郭
これが岩村田遊郭大門の門柱。トンネルの向こう側が遊郭エリアとなる。これだけしっかり、しかも左右両サイドとも残っているのは全国でも珍しいのではないだろうか。ここを通り過ぎて行った無数の人達の思惑を想像するだけで遊郭のあった時代にタイムスリップした気分になる。

裏面に

「明治四十一年一月起工
 明治四十一年八月竣成」

とある。西暦1908年であり、既に100年以上経っている歴史的建造物だが、地域のゴミ置き場や民家の庭に浸食され、日常生活の場の中に埋もれてしまっていた。

岩村田遊郭
遊廓内エリアから見た門柱。左奥、屋根に太陽電池が乗っている民家は元床屋だったようだ。冒頭で載せた地図にもちょうどこの位置に「とこや」と書かれており、もしかしたら当時からあった店なのかもしれない。

岩村田遊郭
大門をくぐってすぐ右側に古い建物がある。これは性病患者用の隔離病棟だったそうだ。

トンネルの向こう側は団地。歩いてみたが遊郭の名残りは全く見つからなかった。

岩村田遊郭
(『佐久・小諸の昭和史 保存版』より)

これは湯川に架かる鼻顔橋を渡ったところにある鼻顔神社側から撮った当時の写真。

岩村田遊郭
ほぼ同じ場所から撮ってみた。

遊郭跡巡りはこれぐらいで、あとは岩村田市街地内で味のある建物をいくつか回ってみた。

まずは岩村田交差点近くにある「好楽センター」なる建物。

岩村田遊郭

岩村田遊郭

岩村田遊郭
いくつかのスナックの集合体のようだ。現役の店はほぼないと思われる。

岩村田遊郭
辛うじてまだ営業していると思われる雰囲気がここに。タイ語だろうか。15年ほど前のネットの書きこみ情報によると、ここにはいくつかのタイ系の連れ出しスナックが入っていたという。

岩村田遊郭
そして岩村田本町交差点近くにある「いわんだ・ゴールデン街」。地元の人は岩村田のことを「いわんだ」と呼ぶらしい。ここもタイ系のお店が6軒ほど集まっており、その中に日本の飲み屋が3軒ほど混じっている状況である。

岩村田遊郭
入ってみると、おお、りんごとスターでリンゴ・スターだ。なんちて。手前の店のドアが開いており、そこから見えたママさん(だろうか)に

「コンニチワ」

と挨拶され、僕も慌てて「こんにちは」と返事をする。

岩村田遊郭
左側の長屋もボロいが右側の「たつみ」の今にも崩れ落ちそうな寂れ感がたまらなく良い。

岩村田遊郭
更に進むと「フレンド」の中からママさんが出て来て

「コンニチワ!」

やはり挨拶をして僕の前を颯爽と歩いてゆく。僕も「こんにちは」と声をかけ、ママさんの後を付いて更にゴールデン街の奥へ進もうとしたら、彼女がこちらを振り向き

「イキドマリなのでーす!」

と言うのであった。

「?」

と思って突き当りを左に曲がってみると、確かにそこはトイレであり、行き止まりであった。

「ホントだ、あはは」

「アハハ」

タイのママさんは気さくである。

岩村田遊郭
Uターンしてゴールデン街を後にした。

岩村田の商店街はかつては佐久地方の商業地の中心としてかなり栄えたようであるが、現在はレトロで寂れた商店街という感じが否めない。

ここから歩いても20分程度のところに長野新幹線の佐久平駅が出来、駅周辺が開発されてイオンモールやベイシア等の大型商業施設や郊外型店舗が立ち並び、客足はすっかりそちらに奪われてしまっている。

岩村田遊郭が出来たきっかけとなった、かつての追分宿が衰退と状況が似ているのではないだろうか。

しかし岩村田の商店街を歩いてみると、商店街振興組合が運営する手づくり惣菜の店「本町おかず市場」や商店街直営の塾「岩村田寺子屋塾」など地元活性化のために手がけている施設をいくつか見ることが出来た。

昼ご飯を食べに入ったのもそのうちのひとつ。「三月九日青春食堂」。店名はちょっと恥ずかしかったが、ご当地メニューが豊富で良い。

岩村田遊郭
「いわんだセット」1,000円。

地元の農業高校とコラボして生まれた豚肉たっぷりの「北濃カレーうどん」、地元信州味噌発祥の安養寺の味噌を使用した「安養寺味噌ぶた丼」、どれもとても美味しかった。コロッケも。

岩村田遊郭
夕方の6時前、ちょうど「いわんだ・ゴールデン街」と道を挟んで反対側にあるバス停から高速バスに乗り、岩村田を後にした。

ゴールデン街には明かりが灯っていた。時間が許せば寄って行きたかったな。

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