2006-11-01(Wed)

ファーストケツプリ歩き



息子・タク(1才)がフゴフゴとテーブルに捕まって立っていた。

「捕まり立ち」が出来るようになり、やがて捕まらずに自力で立てるようになっているのだが、まだ下半身が安定せずヘコヘコへっぴり腰を振る。その腰の動きはまるで僕が嫁を襲っている時のそれを見ているようで、とても他人とは思えぬ。あ、息子か。

歩けるようになるのはまだ先のことであるよ…と思っていたのだが、

「あっ。ちょっとちょっと。歩いた!」

「うをーホントだ!1歩、2歩、3歩!」

いきなりヨチヨチプリプリと腰を揺らせながら歩き出したので思わず嫁と絶叫してしまった。タクは4歩目でペタンと尻餅を付いて得意げな顔。

「うわー。ビデオで撮りたい!」

「よっしゃー。このデジカメ動画で」

「タクちゃーん。もう1回あんよできるかな?」

子供が歩いただけで親は空中浮揚してしまいそうな勢いで浮かれまくった僕らは、カメラを構えて決定的瞬間を狙う。するとタクは

「んふー。んふー」

これもまた僕が性的に興奮した時の鼻息に似た唸り声をあげ、再び3歩ほど歩いたではないか。

「タクー!歩けー!歩を進めると書いて進歩と読むんだー!」

「あなた、撮れた?」

「ばっちり」

タクの人生の物理的な第1歩を収めることが出来た。正確には第4歩ぐらいからだが…。子供の成長を喜ぶこと。親になって良かったと思うひとときである。タクよ、これでお前も東京ウォーカーだ。僕なんか栃木ウォーカーだったぞ。歩けど歩けど田んぼだけ。しかしその感動のひとときを黙って見ておれない者がいた。

「こんどは、Rちゃん」

娘・R(3才)である。僕の腕を引っ張り「私もカメラに撮れ」と言うのである。

「いや、今はタクのあんよを撮ってたからね…」

「だめー!Rちゃんも!Rちゃんも!」

僕と嫁がタクばかりにチヤホヤしていたためであろう。

「私だって注目を浴びるのよ!見ていて下さい、紫のバラのひと…」

とばかりに俄然気合を入れまくって

「あべれべれべー」

Rオリジナルの滅茶苦茶な創作ダンスを踊りまくるのだった。動画を撮った後

「みしてー」

自分の映像をしっかりチェックするのも忘れない。

タクが進歩する息子であるならば、Rは譲歩しない娘である。


2006-11-02(Thu)

幼稚園クエスト3~そして面接へ~



今日は何の日、ひっひっふー。

今日は娘・R(3才)の幼稚園入園面接であった。面接の進行は

07時 幼稚園に赴き願書提出→面接時間を指定される。
08時 面接開始(順次指定された面接時間に開始)
11時 吉野家牛丼祭開始
13時 合格発表

というタイムテーブルだったので、早朝嫁に叩き起こされた僕が願書提出に行ったところ、朝6時なのに既に70人程の親御さんが並んでいた。出遅れたッ!デオクレティアヌス!(世界史の授業をはしょられた高校生には分からないギャグ)

「おはようございます」

笑顔で挨拶する受付担当の先生がかなり可愛く、ときめきメモリアルな気持ちで一旦帰宅。目覚めたRと息子・タク(1才)の仕度をしていた嫁が待ち構えていた。

「どうだった?」

「びっくりしたよ。あそこの先生って可愛いんだね」

「何言ってんのよ!何時に行けばいいの?」

「ああ、8時40分までに来てくれ、だって」

面接時間に間に合うように僕ら一家は出発。幼稚園に到着すると

「では面接までお子さん達は教室で遊んでいていただきます。保護者の方は隣の教室で待機していて下さい」

受付にいたのとは違う先生(しかし可愛い)が段取りを説明していた。成る程、このフリータイムで親と離れた子供がどのような行動を取るか、これも合否の判断基準にするのだろう。既に早く到着した親子などは

「いってらっしゃい」

と親が子供を教室に送り出していた。素直に行く子もいれば親と離れられない子もいる。さて、うちのRはというと…。

「うわあああん!うわああん!ぱぱー!だっこー!」

大泣きに泣いて絶対教室に入ろうとせず、既に脱落者ゾーンに落ちてしまった気配…。

「お子さんが落ち着いてからで結構ですので…」

と先生が言ってくれたものの、結局Rは「だめ!」と拒否しまくり、最後まで教室には入れなかった。僕だったらあの可愛い先生と喜んでフリータイムするのに。

「僕はデザイン系の仕事なんですが(大嘘)、クリエイティブな職種の人達は同性愛者が多いと聞きます。保育関係の業界もそうじゃないですか?保母セクシャル。なんちゃって」

とか言って…。

そして面接本番。タクは計ったようなタイミングで寝てしまった。本当に手のかからない子というか。面接の教室には親も入れるのでRもようやく落ち着いて入室。子供4人ひと組で面接である。幼稚園側は園長はじめお偉い方が控え、ミニーマウスのパペットを手にはめた先生が直接子供達と応対する役目になっていた。先生の前には机がひとつ。果物のおもちゃが置いてあり、

「ミニーちゃんはバナナが食べたいなあ~。Rちゃん、バナナを取って下さい」

Rに早速話しかけてきた。しかしRはここでも

「…」

硬直して何も出来ず。頭の中で「幼稚園浪人」の文字が回り始めた。ただ

「じゃあお名前言えるかな?」

という問いかけには

「Rです…」

蚊の鳴くような声で返事が出来、「何才ですか?」と聞かれたら

「さんさい…」

指を3本立てて答えられた。

「はーっ」

面接が終了し、ため息をつく僕と嫁。

「ワタシは名前と年齢を言えただけで上出来だと思う。Rちゃん、よくやった」

「でも最初のフリータイムはズッコケたよね…」

「で、可愛い先生ってどの先生のこと?」

「そんなん恥ずかしくて言えるか」

ふたりでボソボソと語り合いながら家に帰った。

「じゃあ僕はちょっと吉野家でメシ食って来る。牛丼祭り~」

というのも合格発表は13時なのだが、僕は仕事があるため12時に家を出なければならなかったのである。速攻で大盛りツユダクをかっ込んで戻って来、

「じゃあ、受かってるといいね!行って来ます!」

と後ろ髪を引かれる思いで会社に向かったのであった。

電車から降りたタイミングで携帯が鳴ったので「合否の知らせだ!」とドキドキしながら電話に出たら

「受かったよ!」

嫁の弾んだ声が聞こえてきた。続いてRの声が

「ぱぱー。Rちゃん。うかったの」

「よかったなあ。Rちゃんよくできました。ホントによくやった」

感激の余り駅の階段を踏み外し、あわや転倒して前方の女子高生のスカートの中が見えてしまいそうになるところだった。覗き行為で合格剥奪されてはかなわぬ。危ないところであった。帰りには何かお土産を買ってやろうと思った。ケーキは日曜日に買ったから甘い物は禁止である。となると…。

「ただいま、合格おめでとう。お土産買って来たよ」

帰って来た時には、残念ながらR達はもう布団に入ってしまっていた。

「あら、何買って来てくれたの?」

「吉牛」

「昼も夜も買ってんじゃないわよっ!」

吉牛じゃなくて、「合格」の韻を踏んで牛角にするべきだったか…。


2006-11-03(Fri)

嫁はふしぎなおどりをおどった!



嫁があやしげな舞を舞っていた。魂を吸われそうな不気味なダンス。

「…どうしたの?黄色い救急車呼ぼうか?」

「浮かれてるの」

娘・R(3才)が幼稚園に合格したので、プレッシャーから開放され身も心も軽くなったようだ。ついでに頭も。いや、嫁のこれまでの心情を察するに、誰がこの6畳間のバレリーナを責めることが出来ようか。

タイトル:「パ・ドゥ・シャ」
作者:僕

私、バレリーナ。
トウシューズを履いたバレリーナ。
トウの立ったバレリーナ。
ポワントポワント。

年増のプリマドンナは
豊島園駅前のファミマで
プリマハムを買うわ。

見ててね私のアラベスク。
なんて素敵なジャパネスク。

エンジョイバレエ。
ボリショイバレエ。
やっしょーハラショーどっこいしょ。

朝から晩までアンドゥトロワ。
4回転半アンドウミキ。

私のシューズに画鋲を入れたのは誰?
それでも負けない。私は踊るわ。
私踊る人あなたティッシュ配る人。
舞台を血で染める死の舞踏。

ニジンスキーは言ったわ。
生まれ変わったら馬になりたい。



やがて気が済んだのか踊りを止めた嫁が言った。

「受かったのはいいんだけど、もう来週には制服の寸法を測りに来て下さい、って言われてるのよ!」

「早くない?まだ入園まで5ヶ月近くもあるじゃん」

「でしょう?どんどん大きくなってるっていうのに」

「きっと制服を作らせて、他の幼稚園に行かせないようにする囲い込み運動に違いない」

「新規採用の内定式みたいなものね」

「そうだ、囲い込みだ!」

そういえば、幼稚園に合格するまでまぐわいを禁止されていたのだが、もう解禁ということでよろしいのだろか。

僕も熊川哲也ばりにバレエを舞い、嫁を「囲い込み」をし、求愛ダンスを踊ったところ、嫁も近年稀に見る素直さでウフーンとなったのであった。アン・ドゥ・トロワ。あん。だめ。いやーん。

お股割り人形。


2006-11-04(Sat)

大学祭。ごめんくさい。



息子・タク(1才)が昼寝していたので娘・R(3才)と散歩することにした。

折りしも世間は大学祭シーズン。

「そうだ。大学祭行ってみようか。学校だよ、がっこー」

「がっこー、いくー」

決して生女子大生が見たいというわけではない。家から歩いて数分のところに某大学があるからである。

キャンパスののどかな空気と、実社会に出る前のノホホンとした空気が抜けたような大学生の顔を見ていると、仕事に追われ嫁子供の扶養を背に負った自分と比べて本当にむかつく、いや心が癒される。そしてウフフンとした女子大生の華やかな姿を見ていると…すいません、本当は生女子大生が見たいのです。

大学構内に入ると、女子大生のみならず制服姿の女子高生もちらほらと見受けられた。やっぱ王道は女子高生かなあ、などとも思ったが、良く見たらその半数はニセモノで、女装した男子大学生だったのである。Rが泣いたらどうする。何故お祭りごとになると必ず女装する輩が出てくるのだろう。

Rでも楽しめそうなところはないかな、と教室棟をうろついていたら「世界の絵本展示会」なる催しを行っているサークルがあったので入ってみた。

「こんにちは~。どうぞ見てって下さいね」

それこそ絵本から出てきたような可愛らしい女子大生がお出迎えをしてくれ、イスラエル・中国・フランス・アメリカ・ジオン公国・ゆらゆら帝国…様々な国の本があった(一部適当)のだが

「…読めん」

外国の絵本は日本のそれとノリ違い、絵がドギツイ色で可愛いと言うより怖いものが多いように感じた。

「あ、ぱぱ、これみるー」

結局選んだのは日本のアンパンマンの絵本であった。

絵本展示会の教室を出ると、突然ライオンの着ぐるみを着た人が現れた。

「あっ。らいおんさーん」

Rが大喜びで笑うと、ライオンは握手をしてくれた。そして僕が

「何が出るかな♪何が出るかな♪」

と歌うとサイコロを振るモノマネをしてくれた。中の人はいい人だと思う。頑張れよ。おはようからおやすみまで…。

「おそと、でたいの」

Rがそう言うので建物から出ると、模擬店の屋台がたくさん並んでいた。僕の大学はミッション系だからか知らんが、学祭で酒を売るのは禁止されていたのに、ここは堂々と売っていたので羨ましく思った。もっとも密売しており

「水下さい」

と言うと日本酒を注いでくれたが。アメリカ禁酒時代のような学祭の思い出。

そういった屋台の中で、一際僕の心をそそったのが

「チアリーダー部・フランクフルト屋台」

であった。チアリーダーがフランクフルトである。とてつもなくエロい。そこから発想できるエロ妄想は無限大。チアリーダー達が前の晩、仕込みで何百本という数のフランクフルトに囲まれた姿を想像すると…ぶっちゃけお前ら今まで何本咥え込んで来た!と叫びたくなった。

「いかがですか?」

現役生チアリーダーであろうと思われる女の子が声をかける。如何も何も僕をチアして欲しい。チアチアしてチューチューしてソレガシのナニガシを咥えて欲しい。

これは買わずにいられない。フランクフルトはRの好物でもある。

「R、これ食べようよ」

しかしRの答えは

「いらなーい」

何故だ。チアガールの手汗にまみれたフランクフルトなんて滅多に食べられないのに。…まあいいさ。幼児には模擬店の食べ物はあまり食べさせない方がいいような気がする。僕も適当に作ってたし…。

1時間ほどキャンパスを回って後にした。大学祭はいい。しかしひとつだけ心残りがあった。

何故メイド喫茶がないんだあああああ。~完~


2006-11-05(Sun)

幼児愉快事件



子供が生まれてからというもの、休日は公園に行くことが多くなった僕である。もしリストラされれば平日も仕事行くフリして公園で暇潰しをしたりして、年がら年中公園マスターということになるであろう。

今日も娘・R(3才)と息子・タク(1才)を公園で遊ばせていた。嫁も合流した。

「あら、こんにちは!○○ちゃんこんにちは~」

僕らより先にいた親子連れの多くは嫁のママ友であったらしい。

タクが恐竜戦車の如く、汚れるのも厭わずにハイハイで公園中を駆けずり回り、ハトと競争している中、

「ぱぱ、かっけぇんぼ(かくれんぼ)しよー」

Rからご指名がかかったので木陰に隠れようとしたところ

「あたしもかくれるー」

「ぼくもー」

「ぼくもー

「Rちゃんもー」

なんと先程の嫁のママ友のちびっ子達、エリちゃんやらリョウ君やら、あと、えーと、誰だっけ、次々と僕の後を付いてきてしまった。

「知らないおじさんに付いて来ちゃだめじゃないかキミタチ」

と言っても子供の耳に念仏。僕はいつからハーメルンの笛吹きになってしまったのだ、と思いつつみんなで隠れ

「もういいよー」

「…」

「…」

全員で隠れたので鬼がいなかった!

「じゃあつぎはこっちにかくれるの!」

とエリちゃんが仕切り出すので、いやその前に鬼決めようぜ、幼児といえどもそのぐらいの段取りは必要だぞ、と言おうと思ったのだが

「ぱぱ、こっちよ!」

遂にパパとまで言われてしまった。エリちゃん、僕には身に覚えがないことだ!僕は潔白だ!いや、待てよ…。

その内Rとエリちゃんには

「ばいきんまんになってー」

と言われたので、

「はっひふっへほー」

限りなく不審者に近い奇声と走りを心掛けてふたりを追いかけたら

「あんぱーんち!」

エリちゃんは僕にパンチを食らわせた後、リョウ君の許に走っていってしまった。ああ、エリちゃん、僕は迫真の演技をしたのに…そんな収入もない男の子よりおじさんの方がいいぜえ。

かくれんぼのつもりが横恋慕になってしまったとさ。


2006-11-06(Mon)

ハナタレから解き放たれて



娘・R(3才)がハナタレ娘になってしまった。

朝がとくにひどい。寝ている間に溜まってたものがダラダラと出るようで、大変辛そうである。ティッシュの消費量は夜中の秘密タイムにおける僕のそれに次ぐ多さとなってしまった。今のところ熱はないのが幸いである。

「かわいそうだが吸ってやるか…」

僕は秘密兵器「鼻水吸い取り器」を取り出した。ホースを鼻に突っ込み、もう1本のホースを口に含み吸い上げるのである。鼻水は2本のホースの間の容器に溜まる。だがこれはRが物凄く嫌がるのである。無理もない。僕も耳鼻科で鼻を吸われるのは嫌いだ。

「でもお鼻すっきりするからね。ごめんね」

「いやあああ!だめー!だめなのー!うわああん!」

Rが暴れるので馬乗りになって吸い出したが、約1時間後もズルズルやっているのでもう一度鼻水を吸った。Rもまた絶叫。

全力で泣き叫ぶ娘を羽交い絞めにし、上から見下ろすのは虐待しているようでとても気の毒である。何度もやるようではお互い精神衛生上よろしくないし、体力も消耗してしまう。

「よしRちゃん、お医者行こう。お薬貰って来よう」

「だめー!だめなのー!」

Rは医者も大嫌いなので再びダメダメの嵐。ダメよダメダメダメ幼児。

「大丈夫だよ。お腹にポンポンって聴診器当てるだけ。で、お薬貰ってすぐ帰って来れるから」

「うん…」

なだめすかしてRを抱いて耳鼻科へ。それでもRは怖がってダッコのまま絶対に離れない。名前を呼ばれて診察室に入ると

「ぎゃあああああああ!」

まだ何もされない内から号泣。ドクターは困った顔をして言った。

「あのーすみません。隣で聴覚検査やってるんで。あと2分ぐらい出ていてもらえますか」

ガビーン。

思わぬタイムロスを食ってしまった。その分だけRが余計に泣き叫ぶではないか。2度目の呼び出しまでずっとあやし続け、再び診察室に入った。

「すみませんねえ…お待たせして。はい口開けて。あらー荒れてますね。風邪の引き始めですね。はいお鼻吸いますよー」

「うっぎゃああああん!」

R、本日3度目の鼻水吸われ。もう気の毒で見ていられなかった。しかもその後これまたRの嫌いなネプライザー(鼻から口へ蒸気を通す機械)を当てさせられ、もうRはどれだけ泣いたことか。

「Rちゃんごめんよ、すぐ帰れるとか適当なこと言っちゃって…」

「ひっく、ひっく、うー。ぱーぱー」

Rはまだ泣き止むことが出来ず、言葉が出ない。しかしおもむろに僕の手を引っ張って自分の顔に近づけて…

「うわあっ!僕の袖でハナタレ拭くなっ!」

ハナタレ娘は声に出せないが、目でぎろりと睨みブーたれていたのであった。

ハナンタレブー。


2006-11-06(Mon)

つるつる飲まずによーくかめかめ

バカはうまいよ


バカな子ほど可愛いとはよく言うけれと

バカほどうまいというのは初めて聞いた。

2006-11-07(Tue)

アイスクリーム。ユースクリーム。

娘・R(3才)のハナタレは薬が効いてるのかだいぶ治まったので、息子・タク(1才)共々光が丘の児童館で遊ばせた。

その帰りに昼飯を食った時、ご飯の度にRが薬をじっと我慢して飲んでいる姿に心を打たれ

「偉いね。ご飯の後アイスを買ってやろう」

アイスより甘甘になってしまった僕。

「ショッピングセンターの中に、いいお店があるよ」

嫁の案内で行ってみると、そこはケーキもソフトクリームも売ってるという、とある洋菓子店のコーナー。ショーウィンドウにはたくさんのソフトクリームの見本が飾られていた。ていうかアイスじゃなくてソフトクリームじゃん。

「あっ。あいすー!」

しかしRはOKらしいのでこだわらないことにした。店員はおばちゃんがひとり。ではメニューナンバー「4」の、可愛いトッピングがされたものを注文しようとしたら、タッチの差で他の親子連れに先を越された。彼らはアイスではなくバースデーケーキを注文しているようで、少し時間がかかりそうだった。

「私、ちょっと別のところ見てくるわ」

嫁はタクの乗ったベビーカーを転がしてパン屋に行ってしまった。僕らの後ろにソフトクリームを買いに来た客の列が出来始めた。

「すいません、ちょっと時間がかかりそうなんで~」

おばちゃんが僕らに声をかけると、後ろの待ち客は皆ゾロゾロと去ってしまった。しかし僕らはどうせ嫁を待たなければならないし、Rは

「わあ~。きれいねえー。あいすいっぱいだねえ~」

ウィンドウを眺めてご機嫌なのでのんびり待つ。

「すいません、時間かかります~」

おばちゃんはもう一度言った。

「いや、いいですよ」

どうやらチョコプレートにホワイトチョコで名前を書かなければならないようだ。3枚プレートを持ち、ドタバタとカウンターの中を走り回る。何故3枚も必要なのだろうか。ケーキ売場とソフトクリーム売場をひとりで捌くのはいいが、たった1件のケーキオーダーで麻痺してしまうなんて。ひとり修羅場ってるおばちゃんをぼんやりと眺めていたが、ふとRに視線を落とすと…

ソフトクリーム見本のウィンドウにべったり貼り付いてガラスをべろべろ舐めておった。ぎゃあああ!

「R、舐めちゃダメ!もうちょっとだから、ね」

ガラスをハンケチで拭いていると

「ああああすみませんすみません、時間かかってしまって~」

かなりテンパった感じになって来たおばさんがようやく飛んできた。

「すいません、ウィンドウ汚しちゃって」

「いえいえいいですよ。本当にお待たせしまして…あ、何番ですか。4番ですか。はい、すいません」

にょにょにょっと手際よくソフトクリームを捻り出し、トッピングをぱぱっとかけて渡してくれた。しかしその後バースデーケーキの客に

「プレート1枚でいいって言ったのになんで3枚なんですか」

と言われガビーンとなっていた。大丈夫かこの店。

「えへへ…あいす、おいしー」

そばにベンチがあったのでRを座らせて嫁を待っていると

「あはは、パン屋にはまっちゃって。私パン屋大好きだからさー」

Rが半分以上ソフトクリームを舐め終わったぐらいのトボけたタイミングでようやく帰って来た。

「あ、Rちゃん、溶けて手に垂れちゃってるよー」

嫁が溶けて垂れてきたクリームを舐め始めた。まるで息を切らした犬のようにそれはもうべろべろと舌を出して。

…なんかこう、非常にエロティシズムを感じてしまった。随分見慣れたはずの嫁の姿。それこそ何百回と読み返したドラえもんのマンガのように見慣れた嫁なのに、非常にドキドキしてしまっている。

「非常にエロイからよそでべろんべろん舌を出さないほうがいいよ」

と嫁にやんわり言おうとしたが、

「エロイと思う奴がエロイんだ」

と返されて墓穴を掘りそうなので、ヨダレを垂らして見ているしかなかった。決してソフトクリームが舐めたいわけではなく。むしろ舐めて欲しいわけで。

そんなアイスる嫁にソフトクレーム。なんつって。

買ったお店のカウンターにはいつの間にか

「ソフトクリーム機械調整中」

との看板が出てて、おばちゃんはまだ修羅場っていた。大丈夫かあの店。


2006-11-08(Wed)

髪は死んだ



娘・Rが3才になったのでもうネット上には写真を出さないと決めていたのに、つい出してしまいたくなる身勝手な親父を許しておくれ。

「Rの髪を切ってもらいに美容院に行きたいんだけど」

と嫁が言ったのがきっかけだった。Rの髪は既に肩よりもずいぶん下に伸び、前髪もうざったそうに見えたので僕も賛成した。

「で、どれくらい切るか、どんな髪型がいいか、あなたに聞こうと思ってね」

ピノコ
「ピノコだ!」

僕は即答した。ピノコとは手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」のキャラである。うちにはピノコのコスプレ服があり、

ピノコ
こないだハロウィンの仮装パレードにはそれを着せて参加したのだが、もうRにはだいぶ小さくなってしまい、来年はおそらく着れない。それでどうせ髪を切るなら髪型もピノコに合わせ、最後のコスプレということで記念写真を撮っておきたい!と考えた次第である。

「じゃあこんな感じで頼んでくれ。ボブヘアだね」

嫁にピノコの絵を見せてからRを美容院に連れて行かせた。僕は息子・タク(1才)と留守番である。ピノコのコスプレ抜きにしても、ボブヘアというのは小悪魔的であり大正時代のモガが醸し出したハイカラモダンな感じもありとても好きだ。

そんな髪型で駄々をこねられたらお父さんはもう白い壁に「堕天使」って書いて、デカダン酔いしれ面白おかしく暮らしてしまうかもしれない。

髪の毛を切られるのがイヤで泣いてなければいいけど…と心配半分期待半分で待っているが

「たらいま~」

Rは明るい声で帰って来た。

「おかえり~。さあ見せてくれ君のピノコを」

と駆け寄った瞬間ひっくり返そうになった。何故ならば、帰って来たのはピノコじゃなくて…





まる子R
ちびまる子だったあああ!

まる子
しかも実写版!

R
2時間前は普通のRだったのに、この変わり様って一体。(キートン山田風)

「よ、嫁ーッ!ど、どうしてこんなこんなこんな…あっちょんぶりけーッ!」

「いやー。肩にかかるぐらいのボブヘアって言ったんだけどさ、『この長さだと髪が外に跳ねてしまうんですよ』って言われてね」

「はあ」

「それで、じゃあもう少し短くていいです、って言ったらあれよあれよという間にこの髪型に」

こんなおかっぱになってしまっては、タクも坊主頭だし、うちの子達は大正時代のモガどころか戦時中の疎開した子供みたいだ。

「おのれ美容師。Rの髪を無残に切った償いに腹を切らせてやる」

すぐさま怒鳴り込みに行きそうになったのだが、

まる子R
ちびまる子を見る我が家のまる子…なんだか可愛い。それに本人も

「Rちゃん、ちょっきん、ってしてもらったの」

わりと気に入ったようでニコニコしている姿が愛くるしい。だから…まあ…いいか。ラストピノココスプレの野望は遠ざかってしまったが、また少し髪が伸びればいつかできる。そう思い直して

「美容院…おそろしい店!何がカリスマ美容師だ。何がビダルサスーンだ…」

Rがコスプレ出来る髪になるまで臥薪嘗胆するのであった。

ビダルサスーン。カミングスーン。


2006-11-09(Thu)

楽をしても黒、黒。苦労しても黒、黒。



息子・タク(1才)用に嫁がジャージを買って来た。

「ふーん。黒のジャージか。黒ってあんまりなかったね」

「でしょでしょ!」

うちは娘・R(3才)は女の子だし、あまり黒の子供服というのを買ったことはなく、珍しく思えたのである。黒は大人のイメージがあり、子供服には明るい色が良いと思っていた節がある。

「じゃあ早速着せてみよう」

世間に揉まれ、腹黒くなった僕は言った。

「けっこうかっこいいかもね」

父を揉まれ、乳首が黒くなった嫁が言った。ところが…

ジャージ男

「…」

「…」

「…かっこいいっていうより『相撲部』って感じだよね」

僕の住んでる街は大学が多いので、近所の定食屋などで五分刈り頭のパッツンパッツンのジャージを着た学生が、大量の飯をモサモサ食っているのをよく見かける。そんな感じだ。

タクはボウズ頭にするまでは髪がとても長かった。女の子にもよく間違われる70年代風アイドルっぽかったのに、

「肉体大相撲部ガチムチ主将・タク20才」

とかいって20年後にはホモ雑誌のグラビアを飾れそうなぐらい男らしい。

ジャージ男
うきゃああああ!

好き勝手なこと言ってたらタクが襲い掛かって来た!悪かった悪かった。相撲部でもいいではないか。腕白でもいい、逞しく、そして正直であれさえすれば良い。

桜の木を折っても正直に話したアメリカの偉人のように…。

ジャージ・ワシントン。


2006-11-10(Fri)

FOMAの平日



嫁が携帯を買い換えて、僕と同じFOMAになったので、テレビ電話が出来ることに気が付いた。

テレビ電話といえばSFものでは代表的な未来的アイテムのひとつであったが、いざ実現したらしたで全然使わないものである。考えてみればいきなりテレビ電話が着信してきても、みだらな行為中であったなら絶対に出られないし、女性だったら

「こんな眉毛無しのどスッピン顔で出れるかあ!」

ということもあろう。通話料も高い。WEBカメラ買ってメッセンジャーソフトでビデオチャットをやった方が良い。こちらの方が先に経験済みだし通話料タダだし、というわけですっかり影が薄いテレビ電話だが、一度ぐらいはやってみたくなった。

平日は仕事から帰ってくると娘・R(3才)も息子・タク(1才)も寝てしまっていることが多く、寂しいのである。嫁が言うには、Rはいつも

「ぱぱ、はやくかえってこないかなー。まだかなー」

と言いながら寝てしまうのだという。そんなことを聞くと遠距離恋愛に似た煩悶で胸が張り裂けそうになる。だからせめて会社からテレビ電話をかけて子供達の起きている顔を拝んでおこう、そう思った。

残業中の午後8時ごろ、仕事がひと段落したのでちょっと隠れてやってみることにした。

「あ、テレビ電話する?」

と嫁が出たので子供達を写してもらった。パッとRとタクの顔が出た。

「おお。我が子たちよ。Rよタクよ」

「うきゃああああ!」

「お父さんですよー」

「あうー!」

「Rちゃん、お父さんが見れるかい?」

「きゃははははは!」

「タクー!見えるー?」

「んばんばんばんば!」

「ちょ、ちょっと嫁ー!」

「はいはい」

「Rもタクも興奮しすぎてまるで会話にならん」

「じゃ、これでおしまいということで」

「うん」

というわけで初テレビ電話は終わった。嵐が通り過ぎたかのようだ。しかしここまで画質が悪いとは思わなかった。Rやタクは喜んでいたが、文字通り子供だましの昨日であろう。

更なる画質の向上と料金定額制などのサービスの充実をFOMAに期待したいところである。

FOMAは1日にしてならず。


2006-11-11(Sat)

言いまちGUY



息子・タク(1才)はちょっとずつ言葉を覚えてきた。といってもまだ5つぐらいしかないが。

まず「バイバイ」

僕が会社に行く時に

「じゃあねタク。バイバイ」

と声をかけると

「ばっばい。ばっばい」

手を振りながら言ってくれる。以前は娘・R(3才)も必ずやってくれたものだが、最近はニヤリと笑って

「Rちゃん、今日はバイバイしないの」

と拒否する時がある。「なんでよー」と聞いても教えてくれないので、きっと拒否されて身悶える僕を見て楽しんでいるに違いない。Rにもこういう意地悪というかサディズムというか、はたまたツンデレか、そういう知恵が発達してきたので嬉しくもあり悲しくもある。その点タクは必ずやってくれるので、毎朝癒されているのである。

次に「くま」。NHKの「みんなのうた」で、宇多田ヒカルの「ぼくはくま」という歌が流れているのだが、

ぼくはくま
この歌を聞かせてやると

「んま。んま。んま。んま」

んまんまエンドレスに喋り続けるのである。

そして定番「パパ」と「ママ」。僕の顔を見ると

「ぱっぱ。ぱっぱ。ぱっぱ」

と子犬がシッポを振るように寄ってくる。愛い奴じゃ。近う寄れ。それを聞いた嫁が自分もとねだる。

「じゃあママって呼んでみて。ママって」

「ばば」

「誰がババアだって!」

覚えたてなので時々間違えることもある。

「ばばー。ばばー」

「ババアじゃないの!あなたのママなのー!」

「ばばー。ばばー」

「ひどいわーひどいわー!」

商店街でババアババアと連呼する毒蝮三太夫になることもしばしば。齢1才で親をも泣かす。

あと言えるのは「アンパンマン」である。ただしちゃんとは言えず

「まんまん」

になる。非常に微妙である。もし「名古屋コーチン」を教え込んだなら、期待通り

「ちんちん」

と言ってくれるだろうか。

名古屋ちんちん。どんなだ。名古屋といえば名古屋城だからシャチホコばってるのであろう。すると東京ちんちんはどんなものであろうか。東京といえば東京都庁であるからして

東京怒張。なんつって。


2006-11-12(Sun)

はらたいらじゃない母の腹



栃木から母がやって来た。

また少し太ったのでは、と思ったが言わぬがフラワーなので黙っておいた。母はぽっちゃりなのである。いや、はっきり言ってしまおう。デブ。ますますデップリして出っ腹彰晃、といった感じで少し心配なのだが。

娘・R(3才)が誰よりも似ているのがこの母である。目を背きたいことだが揺らぐことなき事実なのであり、僕と嫁はRの姿に母の面影を見出すたびに愕然としている。Rもあと60年後はこうなってしまうのだろうか。どうせ僕は死んでるけど。

そのRと息子・タク(1才)は母が好きなので大はしゃぎ。Rはばあちゃんばあちゃんとベタベタくっついてやたらと話しかけ、タクはひょこひょこと数歩ずつ歩き回って「オレ歩けるようになったんだぞー」というアピール。

「Rはどんどん喋れるようになったし、タクも随分と歩けるようになって来たし、ふたりとも大きくなったねえ」

母もご機嫌であるので

「母さんもまたお腹が大きくなったねえ」

などと水を差すようなことは禁句であった。Rは特にばあちゃんベッタリで、お風呂に入る時間になっても

「ばあちゃんとはいるー」

と言うので母は大喜びで風呂に連れて行った。僕と嫁はRが途中で泣いたりしないだろうかと風呂場の外で聞き耳を立てていたが、

「ばあちゃん、おなかおっきいね!」

僕でも言えなかった事をRが大声で言っていたので冷や汗が出た。更に

「ばあちゃん、おふろにはいれるかなあ!」

小さい我が家の風呂に母のでかい腹が入るのか、とこれまた大声で言っていたので、もうこれは心臓に悪いと思い、とっととずらかろうとしたら…

「ぷ…ぷぷぷ…」

嫁の顔が真っ赤になっていた。涙まで出ている。

「お前、ウケ過ぎ」

「だって…Rが…お義母さんの体見て…バスタブに入らないんじゃないかって…ぷぷぷぷぷ…」

ヒソヒソと笑いを堪えながら僕に言うのであるが、ちょいと乳を揉んだだけで大爆笑しそうな程に爆発寸前状態であった。嫁がこれほどウケてる姿はやまだかつて見たことがなかった。

「もうRちゃんには参っちゃったよ」

風呂から上がってきた母はケラケラ笑っていたが

「きっと始めて見たから…」

という嫁の一言には

「なにを?」

と鋭く返していた。嫁も「そんな大きなお腹を…」とはさすがに言えず口をつぐんでしまった。すわ嫁姑問題勃発かと思われたが、それだけは避けて欲しいものである。第一理由がバカ過ぎる。

母は僕にやれ煙草はやめろだの女はやめろだの、朝ごはんはちゃんと食べろだの好き嫌いをなくせだの、未だにうるさく言うので、僕も母の腹を心配してご進言申し上げたいところである。

しかしやはり母も一応女性ではあるのでつい遠慮してしまう今日この頃。

これをセク腹といいます。


2006-11-13(Mon)

七五三の父誤算

娘・R(3才)の七五三であった。

写真撮影は先月に済ませていたので、晴れ着を着用する必要は別になかったのだが、嫁母が今日のためにドレスを作って来てくれるというのでそれを着ることになった。

嫁母は洋裁の技術があり凄いのだが、ちょっとセンスが古い。期待しつつも一抹の不安があったのだが、

「どうもどうも!」

重い荷物をわざわざ抱えて来てくれた嫁母が披露したドレスは…

七五三
どーん。

'70年代の少女マンガのようなど派手どピンクなドレスであった。これを着れば誰でも林家パー子、みたいな。

「はいはい、じゃあ早速着て行きましょうね」

ちゃっちゃか嫁母と嫁に着替えさせられるRは既に泣きそうであった。

「これからお参りに行くのに緊張しちゃってるんだね」

と皆は言うが僕にはRの気持ちが痛いほど分かった。僕も七五三の時に袴を着させられたが、普段見慣れない服である故に

「こんな大袈裟で変な服、着たくないよう」

当時の僕も悲しくなったものである。ただ着た後のRは写真のようにわりと気に入ったようでニコニコしていたし、道行く人にも「あらカワイイ」と言われてたりしていた。(嫁母へのフォロー)

神社には僕と嫁とRと息子・タク(1才)、嫁母と前日から泊まりに来ている僕の母で向かった。タクは出発直前に寝てしまった。この前のRの幼稚園面接でもそうだったが、姉のイベント事には必ず寝てしまうタク。ラリホーの呪いでもかかっているのだろうか。

受付を済ませ、控え室でしばし待っていると名前を呼ばれたので本殿に入る。

「それでは始めさせて頂きます。最初に太鼓を鳴らします。ちょっとお子様がびっくりしてしまうかもしれませんが…」

若い神主が厳かに言い、ドーン、ドーン、ドーンと太鼓を打つ。隣に座っているRを見るとコチコチに緊張していた。ああそうか、こないだの写真撮影のように泣いてしまうかもしれない。タクなら神主からバチを奪って自分で叩きそうだが…とヒヤヒヤしながら見守った。

しかしRは泣かずに最後まで見届けた。

「R、偉かったね。お前はいい子に育つよ」

「うん」

神主がつつ…とにじり寄り、破魔矢やお守り、千歳飴などを渡してくれた後、

「これは七五三メダルです」

唐突に日本神道の伝統からかけ離れた、むしろ幼稚園っぽいアイテムが登場したので、初めてRがニッコリ笑った。上の写真で首から下げているのがそうである。八百万の神様も粋なことをされる。

これで全てが終了したので退出しなければならなかったが、僕は祭壇などを撮影したかったのである。しかし出来なかった。

「あのー。中を撮影していいですか」

と申し出たところ

「そうはい神主!」

と怒られたので…と言うのはウソである。厳かな雰囲気に呑まれて言い出せなかったのであった。

帰り道、僕らの他にも七五三参りの家族連れを多数見かけた。七五三の儀は昨日今日で多数の子供達に執り行われたであろう。愛子さまも七五三のルーツであるといわれる「着袴(ちゃっこ)の儀」を執り行われたという。

子供だけではない。僕も実は社会の窓が開けっ放しだったのを帰り道に今更ながら気付き、厳かにしかも誰にもばれないよう速やかに執り行った次第である。

チャックの儀。


2006-11-14(Tue)

一升一緒にいてくれや



息子・タクの「誕生餅」イベントを行なった。

1才の誕生日に、白と赤の五合の餅をひとつずつ、合わせて一升の餅をタクに背負わせるのである。誕生日はとっくに過ぎたのに何故今頃やったかというと、恥ずかしながら僕はこの風習を母から

「あんたの時はやったんだけど、タクはどうするの」

と聞かされるまで知らなかったからである。

「なんでR(3才の娘)の時は何も言ってくれなかったの?」

「…忘れてた」

というわけでRの1才の誕生日の時は思いっきりスルーしてしまった。母さん適当過ぎ。

「で、誕生餅の意義って何」

「えーと、一生(一升)食べ物に困らないようにするため、かな」

しかし小さな子に一升の重荷を背負わせるなんて

「人の一生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し By徳川家康」

僕はどうしてもこのような暗ーい人生を想像してしまうのだけれども…。日本の風習は、ちんこのお神輿を担ぐとかイカレたものが多い。ヒマがあったら由来を調べてみようと思う。

「じゃあタク、背負ってもらうよ~」

餅を風呂敷で包み、数人掛かりでタクに襷がけに結ぶ。

誕生餅
タクはこの通り「なんでこんな目に遭わなければならないんだ」と号泣。だがタクよ。男ってもんはなあ、年取るごとに背負うものが増えていくんだよ。僕なんかお前とか嫁とかRとか地縛霊とか…僕が背負ってるものと比べたら全然軽いもんだよ…。

誕生餅
しかしタクは頑張った。僕らで手と風呂敷を押さえてヨチヨチと歩き、ペタンと尻餅をついた。驚いたのはそれからである。

「あ、自力で立った!」

「あ、歩いた!」

まさか出来るとは思わなかったのに、誰の補助も借りることなく自力で5歩ぐらい歩いたのである。

誕生餅
ひと仕事終えてすっかりご機嫌のタク。ていうか東京ぼん太みたいである。

「うわー。すごいよ。将来はマッチョのボディビルダーだね」

「それはやだなあ」

「でもずいぶん力持ちだね。力餅。なんつって」

僕は腰痛餅である。


2006-11-15(Wed)

無芸外食



昼も夜も嫁の手料理を食べている僕である。

昼飯は嫁が作った弁当で、朝飯は食えない。すなわち毎食作ってくれるなんともよく出来た嫁であるが、申し訳ないことに時々無性に外食の味が恋しくなることがある。

「今日は女体盛りよーん」

とか言われたら迷わず猫まっしぐらに、ヨダレを始め各種体液を垂れ流しながら帰るのだが残念ながら未だにそのメニューが出たことはない。

まだ結婚生活より独身時代の一人暮らしをしていた期間の方が長い。その間ほぼ外食だった。独身暗黒時代の間に舌が外食の味に毒されてしまったのである。

そんなわけで昨晩会社で残業している時に、ラーメン大好き小池さん(※1)の霊に憑依され、無性にラーメンが食べたくなった。

小池さん
※1:小池さん…藤子不二雄マンガに出てくるラーメン好きな人。

仕事帰りにラーメン屋に寄っていくか。しかし家には嫁の手料理が…嫁の苦労が…勿体無い…マータイさんに怒られる…などと煩悶したが、

「いや、次の日の弁当に回されるだけで無駄にはならない!」

そう思い直してどこに行くか考えることにした。抜群に美味いラーメン屋が近所にあったのだが最近閉店してしまったのでラーメンジプシーなのである。九段下の「斑鳩」にしようか練馬の「じゃんず」にしようか、いやいやここはガツンと「蒙古タンメン中本」にしようか、迷っている内が何とも楽しい(仕事しろよ)

悩みに悩んだ末に辿り着いた店で、ひとり啜る1杯のラーメン。

「でも、嫁や子供達と食べた方が美味しいよね…」

などとホームドラマチックにまとめようと思ったのだが、1人でも美味いものは美味かった。すまぬ嫁よ。子供達よ。超満足。これでまた暫く外食はやめ、嫁の手料理を有難く頂く精神を貫こうと決意した。

ところが…

今日、今度はカレーが大好きキレンジャー(※2)の霊に取り憑かれてしまった。どうしよう。

キレンジャーカレー
※2:キレンジャー…「秘密戦隊ゴレンジャー」のデブ担当。

今月始めは牛丼一筋300年、早いの美味いの安いの~♪のキン肉マン(※3)の霊に取り憑かれ、昼も晩も吉野家に行ってしまったばかりだというのに。

キン肉マンクン肉マン
※3:キン肉マン…牛丼好きな超人。右はクンニ専門店「クン肉マン」(閉店済)

額に「馬鹿」と書かれそうなので我慢することにする。

外食行為は控え、生殖行為でもすることにしよう(断られました)


2006-11-16(Thu)

鼻水大回転



娘・R(3才)のハナタレが治ったかと思ったら息子・タク(1才)がハナタレになった。タクは治らないまま再びRがハナタレになった。

という絵に描いたようなピンポン感染の我が家。鼻水の輪がぐるぐると回る。

寝ている間のハナが溜まっているから、朝起きた時が一番ひどい。ここ数日、朝会社に行く前に鼻水吸い取り器にてひたすら吸い取っているのである。

Rもタクもとてつもなく泣く。やめてやめて!とわめく。だが断る。泣け。わめけ。誰も助けには来ない。

(小学校の時にシロタという男の子がいて、女の子を泣かせては「泣け。わめけ。誰も助けには来ない」と叫ぶ、というひどいことをしていた)

いくら愛しの我が子達が泣き叫ぼうとこればかりは止めるわけにはいかぬ。心を鬼にして速やかにジョビジョバ吸いまくるバキューマーとなるのよ。

子供の鼻水吸うのよバキューム。
あなたの心も射抜くのズキューム。

いいじゃないか吸われる内は。僕なぞ体の変なところが固くなって、先っぽから変な汁が出てくるけど誰も吸ってくれない。嫁に頼んだら

「タクのカワイイおちむちむを見たら、あなたのなんてグロくて醜くて気持ち悪くてとてもとても…」

なんてことを言いやがった。ひどいハラスメントである。トラウマになって使いえなくなってしまったらどうする。僕も鼻水だけじゃなく、熱い女汁を吸いたいのに。

バキュームジュテームラブビーム。
男と女のラブジュース。

そんなわけで子供達よ。

吸われる内が花なのだ。

鼻だけに。


2006-11-17(Fri)

う・ら・み・は・ら・さ・ず・ね・る・べ・き・か



「あんぱんまん、みる…」

朝っぱらから娘・R(3才)が上目遣いでおねだりして来た。しかも瞳をうるませながら。

女性の「上目遣いでおねだり」は凶器である。しかも最愛の娘にやられたとあってはテポドンより強烈なリーサルウェポン。僕に断る術があろうか。すぐさま腰を上げ

「さっきすごい長い鼻毛が取れたんだけど見る?」

いらんものまで見せようとする体たらく。そしてビデオをペッティング、じゃなかったセッティングをし、アンパンマンが画面に映ると息子・タク(1才)も

「まんまん!(アンパンマンのこと)」

と叫びながらまっしぐらにハイハイして来た。

「じゃあここに座って…」

Rもタクも僕の膝の上に乗って、じーっと見ている姿が真剣でいじらしい。僕と子供達と3人がひとつになるひととき。家族はひとつ。イッツアスモール家族。お風呂に入ればイッツアスモール裸族。

「じゃあみんなで手を繋いで」

家族一体感をより強固にするため、右手にR、左手にタクの手を繋ぎ、Rもタクの手を握った。手と手を繋ぐ姉弟。仲良しでいいなあ。Rは更に

「たっくん、ちゅ」

タクのほっぺにちゅーまでするではないか。

「パパにもちゅーしてよー」

イッツアスモール家族であるからRは当然してくれるかと思ったが

「だめっ。あんぱんまんみてるんでしょ!」

超冷静に断られてしまった。ああ、ひとつの家族が…。やはり男は若くなければダメなのか…。

気落ちした僕は、ひとつの家族がだめならひとつの夫婦さ、と夜になって嫁にひとつになろうと懇願した。ところが例によって

「寝る!」

と冷たくあしらわれ、それでも脱がそうとしたら

「ふん!」

僕の手を撥ね退けてとっとと寝てしまった。

…嫁、憎し。ミクシイじゃなくてニクシイ。

魔太郎

寝ている嫁にイタズラしてやろうか。以前嫁が寝ている間にパンツを脱がすという「パンツ職人作戦」を実行したことがある。

今度はそれを上回ることをやってやろうか。剃っちゃうとか…。さすれば

魔太郎

しかし僕に二度と朝が来なくなりそうなので泣く泣く泣き寝入りすることにする。


2006-11-18(Sat)

抱かれたい男No.1。自分が。



昨晩、僕の体のデリケートでソフィスティケイテッドでエキゾチックな部分がな
ヒートアイランド現象を起こしてエルニーニョだったので、

「ジュテーム…」

嫁の寝床に忍び込んだら

「うえええええん!」

横に寝ていた息子・タク(1才)が夜泣きを始めて嫁にすがりついたので

「おおよしよし」

タクは僕が顔を埋める予定だった嫁の胸に抱かれてフニャフニャと落ち着いた。ちっ先を越されたか。何故こうもタイミング良く泣くのか。僕の欲情を読み取る能力を持っているのか。さては妖怪サトリか。サトエリだったらよかったのに。

「フフフ、タクが私を守ってくれているのよ!」

嫁がタクを盾にして勝ち誇って言ったので僕は諦めざるを得なかった。

翌朝、タクは起き抜けに

「んまー!」

両手を広げて僕にダッコを求めてきた。タクは抱かれたい男。僕は昨晩女体を抱きたい男。

「ああ、お父さんトイレ行くからちょっと待ってね」

とトイレに駆け込むと

「ウギャアアアア!ウギャアアア!」

タクは怒りの泣き叫びを上げた。性欲は止められても尿意は止められないんだヨオオオオ!許せ、タク。しかし嫁は

「ツレションしてやれよ!」

と言う。ツレションなんて言葉、5年ぶりぐらいに聞いた。

「えー。ちょっと恥ずかしいなあ…」

子供の頃はよく弟と並んでツレションしたもんだ。一緒にトイレに入って

「グランドクロス!」

とか言って尿の放物線を交差させて飛び散っちゃったりして。要するにバカである。

そんなわけで僕の性行為や尿行為などを悉く「ダッコしてちょ攻撃」で妨害するタク。

タク…私のライバル。…おそろしい子!

しかしタクの目下のライバルは「ハンカチ王子」のようである。何故なら

トンカチ王子
タクは最近「トンカチ王子」であるからだ。

トンカチ大好き。

2006-11-18(Sat)

やってるかい?

やってるかい


嫁がやらせてくれません。

2006-11-19(Sun)

びっくりカレーに驚くなカレー



娘・R(3才)とお風呂に入っていた。

お風呂には子供用のおもちゃが色々とあるのだが、子供は遊びの天才と言われるだけあって、それらを使って無限の遊び方を考え付くものである。僕なんぞはお風呂での遊びといえば、下半身のエモーショナルでセンセーショナルな部分を水面から出して

「ネッシー!」

とやるぐらいしか思い浮かばない。口が縦に割れたネッシーだよー、とか。Rのトラウマになったらいけないので、勿論封印している。息子・タク(1才)が成長したあかつきには嫁に内緒で教えるつもりである。

今日のRはおもちゃのバケツと、動物の絵が描かれたシート(水に濡れても大丈夫なやつ)でせっせと遊んでいた。

「今日は何して遊んでるの」

「かれーをつくってまーす」

バケツを鍋に、お湯をカレーに見立ててクッキング中であるらしい。

「具はどうするの?」

「では、お肉、いれまーす」

馬の絵が描かれた動物シートをバケツにぼちゃん。

「馬肉カレーかよ!」

しかも馬一頭丸々。鍋(バケツ)から馬の頭が出てるし。ゴッドファーザーみたいな娘である。

「これもお肉でーす」

次に投げ込まれた憐れな動物は、鹿。ああ、馬鹿カレーになってしまった。しかし止めるまい。僕もこれまでダチョウカレーとかワニカレーとか、変なカレーを食べてきた経験がある。馬鹿ぐらいはまだ許容範囲である。

「Rちゃん、野菜も入れなきゃだめでしょう。ニンジンは?」

「にんじんは、いいの」

Rはニンジン嫌いなのである。入れてあげればさっきの馬の供養にもなろうに。

「でも野菜を入れなきゃ物足りないなあ」

「じゃあやさいでーす」

今度は犬の動物シートをぼちゃん。

「ちょっと!犬は野菜じゃないよ。ていうか食べられないよ~」

子供の遊びにいちいちツッコミを入れてたらキリがないが、思わず叫んでしまった。しかしRは

「わんこは、やさいなの!」

堂々と言い切ってしまったので、まあそういう考え方もあるか(ねえよ)、と取り敢えず黙って見てようと思った次第である。

「はい、できましたよー。たべてください」

馬と鹿と犬が丸々煮えたカレーとはどんなものであろうか、と想像するだに恐ろしいが、食べる真似をして

「おいしいね。馬鹿犬カレー」

素直にRを褒め称えた。これでいいのさ。Rの遊びに水を差すこともない。

これを事なカレー主義といいます。

将来Rは本物のカレーを僕に作ってくれるだろうか?「カレー」であればどんな変なものでも許すが、「彼」を作ってしまった時は父特製カレーの具にしてやる所存である。


2006-11-20(Mon)

20,November



嫁と娘・R(3才)が買い物に出掛けたと思ったら、ケーキを買って来てくれて誕生日の前祝いをしてくれた。本当は今日なのだけれども。

「ぱぱ、はっぴーばーすでーなの!」

「はい、ありがとう」

Rは、はっぴーばーすでーにはケーキが食べられると思っているので嬉しくて仕方がない。

「Rちゃんねえ、けーき買ったのよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「はーとのけーきがいいのって言ったの」

ハートのケーキというのは、「誕生日おめでとう」と書かれたチョコレートのプレートがハートの形をしていることを指しているのである。Rはきっとこのチョコプレートが食べたいに違いないと思ったら、やっぱり速攻でプレートをむんずと掴んでポリポリ食べてしまった。

僕の年齢を表した、2ケタの数字のローソクが立てられており、その数字の大きさが自分のオヤジ度を示しているようで嬉しいような恐ろしいような。どうせなら「20」とかにして欲しい。

「んふーっ!んふーっ!」

息子・タク(1才)もケーキに頭を突っ込むぐらいの勢いで突進して、食べたい食べたいと唸っていたが

「お前はまだスポンジだけだぞ」

生クリームを取り除いて食べさせた。最近タクの食欲が凄い。前世はポリバケツじゃないかってぐらいによく食べる。

「はいはい。ケーキ食べたからもう寝るぞー」

さすがに食べまくってもっさりしてきた子供達の歯を磨いて寝床に着こうとしたら

「ぱぱおめでとうー」

と、Rがプレゼントを持って走ってきた。いつの間に嫁に持たされたに違いない。

「ああ、ありがとうね」

まさかプレゼントまで貰えるとは思ってなかったので嬉しかった。腕時計であった。

嫁がケーキの数字ローソクを片付けながら

「ローソク、来年も取っておこうかしら」

とケチ臭いことを言った。来年はその年になる嫁。お互い年取ったものよのう。

嫁という女体のケーキにぶっといローソクを1本ぶちこんでおきたかったのだが、子供と一緒に寝てしまったことだけが不覚であった。


2006-11-21(Tue)

食卓の格差社会



こないだの土日はまるまる休みだったので家族で飯を食べられたのだが、嫁のオカズが気になった。

ずっと白菜の漬物だったのである。

娘・R(3才)や息子・タク(1才)のゴハンはちゃんとしたもので、僕のオカズもデラべっぴん、じゃなかった(それは真夜中のオカズ)、肉とか普通のものだったのに、嫁の周りだけだけ昔話「かさじぞう」の貧乏爺さんのような、灰色の貧相なオーラが漂っていた。

嫁が断続的にボリボリと白菜を噛む音がより一層貧しさを醸し出す。いつ「ラブユー貧乏」がBGMとしてかかり始めてもおかしくない貧しさのズンドコ。

はじめは「ダイエットでもしてるのだろうか」とも思っていたのだが、続けざまに白菜ばっか食べているのを見せられると、遂に耐え切れなくなって口を開いた。

「なあ…うちってそんなに家計苦しいのか?」

「は??(ボリボリ)」

薄才の夫の妻は白菜だなんて洒落にもならぬ。

「僕らにいいもん食わせるために、お前だけ節約して白菜ばっかじゃ可哀想じゃないか」

「いやそうじゃなくて」

「僕の誕生日のケーキ買ってくれたり、こないだスーツも2着買っちゃったし、それでお金なくなっちゃったのかああああ!」

「違うのよ。私の実家から大量に白菜が送られてきて…。だから処理してんの」

嫁実家からは時々大量に食物が届く。確かこの前はサツマイモとジャガイモではなかったか。

「それでも白菜だけってのは辛くないのか?ウサギじゃないんだから」

「いいの。好きだから」

嫁が「いいのだ」と言うのだからいいんだろうけれども…。その姿を見ながらこっちはぶ厚いトンカツを食べるのはちょっと気が引けるわけで。

「あの…よろしければ僕も協力しますんで。白菜」

「あ、そう(ボリボリ)」

聞いてるんだか聞いてないんだか分からない、昭和天皇のような気の抜けた相槌を打った嫁は、再びバリボリと音を立てて白菜を処理していくのだった。

健康的でいいんだろうけれども、白菜ばかりじゃ性欲も湧かないんじゃないか。大いに困る。お股にゴム製の笠を付けて「ほーら、夜のかさじそう~」とかできないじゃないか。バランスの取れた食事をして、病気などしないで欲しい。

家内安全。
無病白菜。

2006-11-22(Wed)

DDRノスタルジア



昔、「ダンスダンスレボリューション(以下『DDR』)」という音楽ゲームがゲーセンで大流行した!

DDRDDRDDR
左…ゲーム画面   中…筐体 右…何故かウチにあるロゴプレート

音楽に合わせて流れて来る矢印をジタバタ踏んでいくゲームであるが、これまでゲーセンに足を運ばなかったにわかゲーマーが大量発生し、DDRを目当てに通うようになった。

彼らはゲーセンごとに徒党を組み、「DDR○○組」と名乗るグループ(○○に地名が入る)が全国各地に出現したり、DDRの全国大会が開かれたり…ともかく盛り上がった。

僕もそのひとりである。正確には別の音楽ゲーム「ビートマニア」にはまっていたのだがDDRもやった。そりゃもう泥人形のふしぎなおどりのように周囲のマジックポイントを奪いまくって踊った。

僕の全盛期のDDRプレイ動画がパソコンに残っておった。ただし写ってるのは足のみだが、見たい方は↓をクリック(一旦右クリックで「対象ファイルを保存」してから再生するとよいでしょう)
   
ダウンロード(2.5MBのmpg)

僕も地元ゲーセンの「組」に所属して友達も沢山出来た。ただDDRの流行は冷めるのも早かった。段々人が離れて行って、全国各地の「DDR○○組」の団体も次々に消えた。理由は単純に飽きられたのが大きいだろう。

恋愛のゴタゴタも大きかったと思う。元々ゲーセンに来るのは圧倒的に男が多い。しかし僕がいた「組」には女の子が2人いて、どちらも可愛かったので争奪戦が凄まじかった。ゲーマーはモニタ越しのゲームには強いけれども男と女のラブゲームには不器用なものである。そのため惚れた腫れたの騒動もより大きく、傷ついた者が去って行った。こうして分解していった「組」も多いのではないだろうか。

ちなみに僕は「組」の女の子ではなく、ゲーセン店員だった超美少女Rちゃんに夢中だったので無傷であった。嫁がいたじゃんとか無粋な突っ込みはしないように。

ブームが去った後もDDRのゲーム自体は定期的におよそ半年ごとに新作がリリースされていたが、それも遂に終わり、ゲーセンのDDR筐体も撤去された。DDRの歴史が終わったと思った。

僕はDDR亡き後も「ビートマニア」をやり続けたが、子供が出来てからはさすがに殆どゲーセンに行くことはなくなってしまった。

そんな思い出があるゲーセンを先日通りかかった折に、ちょいと懐かしさを覚えて覗いてみたところ、DDRの筐体が復活しているではないか。僕がゲーセン離れしていたので疎くなっていたが、DDRはまた新作がリリースされ復活していたのである。

「おー、おひさしぶりですー」

当時から勤めていた店員さんに会った。

「あーども。DDRまた置くようになったんですね」

「最近○○君にも会いましたよ。××さんもまた来るようになりました」

DDR全盛期に毎日のように会っていた「組」の友達の名前を挙げて、彼らがまた顔を見せるようになってきたのだ、ということを話してくれた。

「…というわけなんだよ」

こないだの夜、久しぶりに嫁とエロス行為をした後のピロートークでこのことをゴートークしたところ、

「じゃあこの時間帯ならいるかもしれないね。行って来たら?」

と何とも優しいことを言うではないか。嫁も「組」の連中のことは知っている。僕らが夜遅く遊んでいたことも…。しかし嫁の体を散々蹂躙した挙句寝床に放っておいて僕はゲーセンにすたこらさっさ、というのも酷い話だ。

芸のためなら女房も泣かす。ゲームのためなら女房も犯す。どころが嫁は

「紅茶花伝買って来てくれればいいよ」

とこれまた優しいことを言うのでまっしぐらに行った。

ゲーセンには旧友はいなかったけれども、DDRにはかつての僕らのようなゲーマーグループが数人いた。おお、DDRに情熱を燃やす後継者達がいる!しかもひとりはデブだ。何故かDDRには必ずいた、汗をダラダラ流しながら踊るデブ。
DDR名物「汗デブ」である。DDRには汗デブがいないと画竜点睛を欠く。

DDR
6年前に捉えた汗デブ画像。

これだけで嬉しくなった。ついでに5年ぶりぐらいに1プレイだけやってみたら、頭では分かってるのに体が全然動かず、酸欠で死にそうになってしまった。もう僕にはできない…。さらばDDR。しかし悔いはない。

満たされた思いでゲーセンを後にした僕は、嫁に言われたとおり紅茶花伝を探したのだが、何故か自販機にもコンビニにも置いてなく、やむを得ず午後の紅茶を買ったのだった。

エロス行為の後だから「事後の紅茶」かな。


2006-11-23(Thu)

娘と後朝の別れ



世間では

11月22日→いい夫婦の日
11月23日→勤労感謝の日

であるらしい。しかしそれは表向きで、真の隠された意味は

11月22日→ヒーヒーフーフーの日
11月23日→陰嚢顔射の日

という燃え上がるほどヒートなまぐわいを推奨する2Daysであることを僕は知っている。少子化に悩む日本政府の陰嚢、じゃなかった陰謀なのである。

「いやらしい国へBy安倍晋三」

そう嫁に熱弁を振るったら「顔はダメー☆」と言われてしまったので、いい夫婦もヒーヒーフーフーも何もなかった。

今朝、目覚めたら横に娘・R(3才)が僕の手を握ってこっちを見ていた。Rは自分の布団に寝ていた筈なのに、いつの間に隣に潜り込んでいたのだろうか。お互い手を握りながらうつぶせに寝ていて、顔が「にへへ」向かい合う。何この新婚初夜の翌朝みたいなシチュエイション。

その手を離すと

「おててはなさないで」

というMAXコーヒーより甘甘な甘えモードになっていたので、しばらく手を繋いだまま、もう片方の手で昔嫁にやっていたような「ほれほれ」とおっぱいを突っつくじゃれ合いなどをしていた。

やがてノートルダムの鐘の音が起床時間を告げたので(本当は携帯アラーム)

「じゃあRちゃんも起きようか」

とむっくり体を起こすと

「だっこしてよ…」

やはりベタベタの甘えん坊。どうしたのだろう。僕が着替えようとしても

「ぱぱ、はなれないで」

これでもかというぐらいの甘えん坊。一方で息子・タク(1才)は

「だっだー。だっだー」

高速ハイハイでゴキブリのように家を駆け巡るアンタッチャブルな暴れん坊だというのに。しかしその甘えモードも僕が出勤の仕度が整い

「じゃあ行って来るよ。バイバイ」

と声をかける頃になると、一転してツンツンモードになる。タクは無邪気に

「ばっばい。ばっばい」

ニコニコして手を振っているのにRは無視。

「Rちゃんはバイバイしてくれないのかな?」

「Rちゃんはバイバイしないの!」

「パパが行っちゃうのが嫌なのか」

「うん…」

上目遣いでそんな返事をされると、この子達のために馬車馬のように働くぞ!、と思う反面、一緒にいられる時間がもうちょっと欲しいな、とも思うアンビバレントな状態に陥ってしまう。

いい夫婦の日があるのなら、いい親子の日も出来るべきである。もちろん祝日にして親子水入らず。

11月085日は「いい親子」の日に!

…いつだよ。

2006-11-24(Fri)

いとしの偽エリー



娘・R(3才)を

「Rちゃん、おいで」

名前を呼んで一緒に遊ぼうとしたら

「Rちゃんじゃないのっ!」

何故か怒られてしまった。

「えー君はRちゃんじゃないの?」

「ちがうのっ」

「じゃあ、あなたのお名前は?」

「エリーちゃんです!」

…誰だよ。

いつから場末のキャバクラ嬢みたいな名前になってしまったのだ。それともアレか。源氏名か?Rはこれからキャバクラごっこでもしようっていうのか?僕、そんな遊び教えた覚えないのになあ。ドンペリとか入れなきゃならないのか?

「じゃあタク(1才の息子)のお名前は?」

「タクじゃないの!くまちゃんです」

息子は既に人ではなくなっていた。

「じゃあママは?」

「きりんさんです」

キャバクラどころかわくわく動物ランドになってきた。自分だけ外人みたいな名前なのはずるい。まあいいさ、どうせ3才児の気まぐれだろうと思い、5分後

「Rちゃん、チロルチョコパン食べる?」

と声をかけたら

「はーい」

自称エリーはどこへやら、まっしぐらに飛びついてきたのであった。

わりとちょろいもんである。


2006-11-25(Sat)

ピンチでポンチでセンチなランチ



会社での昼休み。ちょっと嫁に聞きたいことがあって嫁携帯に電話した。

「あー僕だけど。アレっていつだっけ。日曜日?分かった。じゃーねー」

ものの1分で済んだ。味気なし。本当なら

「今夜はお前の花弁と蜜を吸い尽くしてやるぜ。チュ」

というセクシーメッセージがあるのだが、昼休みとはいえ社内である。壁に耳ありジョージにメアリーなのでやめといた。が、すぐに嫁から電話が返って来た。

ちゃらっちゃちゃらららっちゃら♪あーん♪あーん♪

オフィス内に響く、青江三奈の淫靡な喘ぎ声。しまった。こんな時に限って着メロが「伊勢佐木町ブルース」

「はい…」

冷や汗をかきながら出ると

「あのね、R(3才の娘)が自分も喋りたいっていうから替わるね」

とのこと。Rは電話で僕と喋るのが好きだ。さっきは嫁とすぐ喋って切ってしまったので横にいたRは

「Rちゃんもモシモシするのっ!」

と怒ったのだという。なんとも可愛いではないか。

「はい。もしもしRちゃん。お父さんですよ」

「もしもしーキャハハハハ」

電話の向こうのRは楽しそうである。殺伐とした職場で聞く愛娘の声は、会社という戦場で散った男へのレクイエムにも似た安らぎをもたらす。いや、まだ死んでいられないのだが。こんなところで死んでも、死して屍拾う者なし。Rの後ろからはザワザワとざわめきが聞こえるので、どこか外にいるらしい。

「Rちゃん、今どこにいるの?」

Rの返事は驚くべきものであった。

「えっとねー。ここ」

どこじゃあ!

「…こ、ここじゃ分からないなあ」

「ここなのっ」

「ごめんね。お父さんエスパーじゃないから分からないんだ。じゃあママに替わって」

Rは一応会話が出来たので満足したのか、素直に嫁に替わったようだ。

「あ、嫁?今どこにいるの?Rに聞いても『ここ』しか言わないし」

「あはは、そうなの」

「ココ壱番屋?」

「違うし」

「ココ山岡?」

「とっくに潰れたよ」

「ココナッツボーイズ?」

「CCBでしょ」

「まあいいや。そろそろ切るわ。じゃあね」

電話を終えて我に返ると、周りの同僚から色々な意味で笑われていたのであった。まったくもって突然の携帯着信は予想GUYである。

バカも昼休み昼休み言え、というお話だったとさ。
とっぺんぱらりのぷう。


2006-11-26(Sun)

NERIMA END × YOME



ある朝、なにか不安な夢から目を覚ますと、嫁と息子・タク(1才)がラッパーに変わっていることに気づいた。

タク
嫁もタクもこのようにフードをかぶり、僕が起きたのを見るなり

「ヘイ!YO!オハYO!」

ハマー
ハマーのようにポーズをズビーシと決めた。

「…誰、君」

朝から何をやっとるんだチミたちは。君達、僕の嫁と子DA・YO・NE?嫁のみならずタクも

「DAー!」

と合いの手を打つ。お前はロシア人か。それにしてもこの母子、ノリノリである。しかしここでノリノリでない唯一の者がいた。娘・R(3才)である。嫁とタクは起きるのが早いが、Rは僕と同じで最後まで寝ている。この時も嫁とタクのバカライミングを聞いてそーっと起きたのだが

「…Rもラッパーするか」

「…しない」

我が家のディーヴァ(歌姫)は音楽性の不一致から参加を拒否した模様。

考えてみれば枕元にラッパーがいるというのは恐ろしいものである。日本で最も伝統があるラッパーは坊主であろう。MCボーズ。なんちゃって。そして最も由緒あるライムはお経であろう。もし朝起きたら僕の顔に白い布が覆われていて、坊主ラッパーが僕の枕元で

「はい、これから般若心経ラップしまーす。かんじーざいぼっさーつ!」

などと木魚でブレイクビーツを叩きながらやられたら、それはもう死ねということ。(般若心経ラップは昔キャプテンジョージという芸人のようなDJのような人がやってた)

さすれば僕はどうするか。嫁とタクがラッパーになり、Rは拒否。意思表明をしていないのは僕だけである。

「ぱぱもかぶってー」

Rが僕の服のフードを引っ張って言った。偶然にも僕もパーカーを着たまま寝ていたのである。すわ。僕もラッパーにならなければならないのか。いや僕はヒップホップは好きじゃなく、テクノ好きなのである。テクノ魂を売るわけにはいかない。なのでこの歌を歌うしかない。

「じゃまをっしーないでーぇー♪」

ラッパー警部。


2006-11-27(Mon)

バーべQ太郎



昭和記念公園で、嫁の友達の一家2組を交えてBBQをした。

そもそもバーベキューをBBQと略すようになったのはいつ頃からであろう。マッカーサーが日本に来てからであろうか(そりゃGHQだ)。

大人たちは食べ物を焼きながらしばし談笑。しかし子供達はそれだけでは退屈で、公園の至る所を走り回っていたので、そっちも見てやらなければなるまい。

タク
11月の昭和記念公園は寒いながらこのようにイチョウが黄色に染まっており、そのすばらしい並木の道を

タク
売られていく子牛が一頭。ドナドナになった息子・タク(1才)である。カンカンカンカン晩餐館。焼肉焼いても息子焼くな。

娘・R(3才)はイチョウの葉をたくさん集めて山を作り

「ぱぱ、こんどはこっちにお山」

僕に一度集めた山を崩して別の場所に山を作らせる、という繰り返し。ゲシュタポの拷問かなんかですか。

どうもRは人見知りが激しく、他の家族の子供達は

「いっしょにあそぼー」

と懐いてくるのに、僕がその子とも遊ぼうとするとRは

「ぱぱ、だめでしょー。だめでしょー」

僕の腕を引っ張り引き離そうとする。打ち解けるまで時間がかかってしまったが、ようやくみんなでボールで遊んだりしていい感じであった。

途中で雨が降って来て、テントを借りて張ったと思ったらすぐ止んだり、天候には恵まれなかったがよいBBQであったと思う。

ところでバーベキューをBBQと略すなら坂本九もSMQと略すべきである。

この鞭の痛さ、SMQ、みたいな。

2006-11-28(Tue)

良薬は口に駄菓子



昨日の日記に書いた昭和記念公園はとても広大なところであった。

日本庭園・洋風庭園・池・何故かジンギスカンレストラン…その他様々なエリアがあれども、歩けど歩けど全然回り切れず、実はこの公園の奥地には幻の理想郷シャンバラもあり、そこを目指して旅立つも志半ばで力尽き、白骨化した死体がゴロゴロ転がっているんだそうじゃ…というほらふきドンドン並みの大ウソを思いつくぐらいに広かった。

公園内には駄菓子屋もあった。物珍しさに惹かれて入り、懐かしき駄菓子の数々に囲まれてしばしノスタルジーに浸った。

「嫁、見て見て。『ビビンバ太郎』だって。僕らの頃は『蒲焼さん太郎』と『焼肉さん太郎』しかなかったのになあ」

「それコンビニでも売ってるよ。知らないの?」

「僕、コンビニじゃジュースと猥褻本のコーナーしか見ないし…」

「私はいつもお菓子コーナーをチェックしてるのよ!!」

いや、そんな偉そうに言われても…と嫁の得意気な語りは聞き流し、Rやタクに買ってやるものを見付けた。

でんしゃチョコ
新幹線の形をした容器に、仁丹みたいな小さな粒々のチョコが入ったもの。

「これよくない?タク、こういうの好きだもんなー。電車とか車のオモチャ」

「30円だしね。いいんじゃない」

「でもチョコは先に抜いておかないとね」

我が家の方針で、チョコはたまには食べさせることはあるが、原則としてRにもタクにもまだ解禁していないのである。

家に帰り、じゃあチョコを抜いて与えようか…としたところ

「うきゃきゃきゃー」

新幹線を見ただけでタクがよこせよこせと大騒ぎしたため

「ま、いっか…。タク、中のチョコだけは食べちゃダメだよ」

どのみちシールで封印されてるし、堅くフタが閉められてるし、タクでは開けられないだろうと思い、そのまま渡してしまった。それが間違いであった。

ちょっと目を放した隙にその封印はあっさり解かれ、僕が気付いた時には既に床一面に粒々チョコがぶちまけられしまっていた。それをタクとRが必死になってチマチマチマチマ拾っては食べている。やけに静かだと思ったら…。チョコを食べさせてはいけない、と僕も嫁も詰め寄って

「お前らハトかー!」

「拾わないで!チョコはらめぇぇぇぇ!」

必死になって粒々チョコを拾い集めた。ハナクソを丸めて偽装したやつを床に転がそうかとも考えたが生憎鼻の中に在庫がなかった。

「まあ、食べちゃったものはしょうがないかー」

「この子達の物凄い執念を見たよ」

全て回収し終わって、嫁と2人で苦笑いをした。この日のテレビ番組の中で、石を使って木の実を割る猿が紹介されていたが、それを見た時は

「ほー。タクより賢いな」

などとタクを侮っていたが大誤りであった。1才児の成長の早さは侮れん。

それにしても禁断のチョコを食べるな、と言っておいても結局は食べてしまったRとタク。エデンの園のアダムとイブのような話である。

エデンの駄菓子。なんつって。


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